私はお婆ちゃん

後 藤 滋 子  (斑鳩町)

 本庄村に女医生まる。妙齢の○○さん」と地方新聞に書いていただいたのが、昭和十一年の春でした。当時二十一才でした。

 それから医者修行に出ましたが、女の一人旅を心配して歯科医師の姉が結婚をすすめてくれました。婚家先に落着いたのが昭和二十年でした。
 短期間でしたが、奈良市の故吉村先生の教えもうけました。何分、子供連れでは駄目と、思いきって自宅で開業しました。重病はすかさず病院へ、と自分に云いきかせての毎日でした。

 当時眼科医が少なくて、王寺、河合、安堵、川西、平群と多方面からの患者さんの診療をさせていただきました。トラホームが多く、膿漏眼等もあって心痛の多い日もありました。産褥の床で洗眼させていただいた事もありました。現在は方々に有名病院も出来、薬も進歩して楽な開業を続けております。

 その頃、地区医師会の集まりは会長様宅へ御邪魔させてもらう事が多かったので、故北浦先生宅や、故倉先生宅へも度々行かせていただきました。故有山先生の招待で、松茸狩りもさせていただきました。学問上の勉強はさておき、先生方の御人格からにじみ出る医者としての態度を勉強させていただく会合でした。今は只、懐かしい思い出となりました。

 今日は孫の成人式です。華やかな青春時代も無く通りすぎた私の代りにと、少々贅沢な晴れ着を着せて門出を祝ってやりました。男三人、女二人の孫をもつ幸せなお婆ちゃんになりました。
 若いお医者様方の御健闘をお祈りしております。

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