友釣りの外道

 木 田 明 宏 (大和高田市立病院)

 魚釣りで狙った以外の魚が釣れた時に外道といいますが、鮎の友釣りでもいろんな種類の外道が釣れます。最も多くて迷惑なのは、ウグイとニゴイで、オトリや仕掛をめちゃめちゃにされるし、三十センチ以上の大型が多く、タモで掬うと嫌な臭いがついて困ります。逆に嬉しい外道では、日高川の上流でのこと、強い引きに耐えていると向こうで魚が水面をジャンプしてびっくり、寄せてみると八寸もある見事なアマゴでした。 他に私の釣った外道には、オイカワ、ムツ、カジカ、ギギ、モクズ蟹等があり、ナマズやウナギにオトリもろとも仕掛を切られた事が何回もあります。次に記憶に残る外道の話をします。

   その一
 私が友釣りを始めたのは昭和四十年、福井県でFさんという老人に教わりました。Fさんは当時六十歳台の半ばで元気のよい人でした。若い時から波乱の人生を歩いてきただけに、釣りに行く車の中での話も面白いものでした。

 当時はグラスの竿が売り出されたばかりで、竹竿が使われて今と比べると竿も仕掛も太くて短く、オモリをつけて瀬の鮎を釣っていました。

 九頭龍川の中州に渡って釣っていたFさんが、大きく竿を曲げながら下流に向かって移動し、やがて急流を泳ぎ下ってやっと獲物をタモに納めました。 Fさんは興奮気味で「先生、珍しいものが釣れた。アラレガコといって、本当は獲ってはいけない魚だけど今日の所は持って帰りなさい」といって渡してくれたのは、二十センチぐらいのカサゴに似た魚でした。氷雨の降る九頭龍の流れを腹を水面に向けて流れ下るという珍魚だそうですが、どんな味がしたのか想い出せません。
 
   そのニ
 増水した日置川でのこと、小房の吊り橋の下流で右岸に大きな岩が三つ程沖の方へと並んでいて、その岩壁に型のよい鮎がついていました。

 好調に釣っていると、突然根がかりした様に、竿先が引き込まれて動かなくなりました。私は岩の上を動き廻って竿をあおったところ、相手は急に動き出して水面に出てきました。コーラのびんよりも太いウナギで、一たんは上流に向かっていたのが反転して下流に走り、バシャバシャ、プツンと逃げ去りました。

 今度は掛った話を。熊野川瀞峡でのこと、この日も好調でした。大鮎に備えて、道糸もゼロ六かゼロ八の太いものを使っていました。一際大きな当たりで何とか竿をためると、流れの中からウナギが浮いてきました。ウナギにとって運の悪いことに、すぐ下流に川漁師のNさんがいて、難なくタモで掬ってしまいました。持ち帰ったウナギを家内に見せると、気味悪がって手を出しません。 「例のウナギ屋さんへ行って焼いてもらってよ。ついでに配りものにするから三匹程買ってきて」。

 私は、その頃評判のウナギ屋へ、例の獲物を持ち込みました。ところが主人は無愛想な顔で、「ウチでは死んだウナギを大事なタレに漬けられないよ」とそっけなく断られました。私も困って「ほかに三匹も買うんだから何とかしてよ」と頼み込んでいる所に、隣のカシワ屋さんが「先生どうしたの」と出てきて、「折角釣ってきたんだから焼いてあげてよ」と頼んでくれました。
 私の釣ったウナギは、この店のウナギの中でも最大のものぐらいはありましたが、養殖物の商品と比べると頭が大きく、養殖物は食べる時舌で押してつぷれるぐらい柔らかいのに、こちらは固めで歯ごたえがあり、これはこれで美味でした。   

   その三

 増水した吉野川でのこと、その日は無理をして中州に渡りました。ふだんは石の河原が大部分は水につかって、大きな石の頭が水面に少し顔を出す所にオトリを近づけると面白い様に追いました。問題の外道は割と深いところでかかったのですが、グーツと大きく竿を曲げるのについて下り、やっと河原に引きずり上げると、四本の脚でオトリを引きずって走りまわりました。

 握りコプシを二つつないだぐらいの大きなネズミで、これには近くに居た釣り人達も「初めて見たなあ」と感心してくれました。それにしても急流の水底で、オトリの鮎を追ったネズミは逞しい。

   その四
 これも吉野川でのこと。当時はもうカーボンの竿も出ていましたが、その日は福井から持ち帰ったグラスの竿にオモリ仕掛で急流の瀬にオトリを入れていました。夏休みのこと、上流には大勢の家族連れが水遊びをしていました。

 突然悲鳴がきこえて、上流から三、四歳の男の子が浮輪に身体をくぐらせたまま、立ち泳ぎの様なかっこうで瀬の中を流れ下ってきます。「つかまって」と私は流心に向かってすすみながら竿を子供に握らせて、下流に竿を廻しながら子供を流心からはずし、とんで行って引きずり上げました。ここは上流は浅くて広い流れですが、やがて急に流れがせばまって速い瀬となり、白波をたてて岩にぶち当たって淵となる危険な所でした。

 この竿はFさんが「瀬釣りをするなら頑丈なのを買いなさい」とすすめてくれたグラス竿で、私は九頭龍では道糸一号にオモリ五号の仕掛で、精一杯流れに入って底石に足をつっばりながら鮎を釣ったものです。子供の両親にも喜ばれましたが、もし亡くなった師匠のFさんが口をきけたら、「先生やんなすったねぇ」と笑いながらほめてくれたでしょう。想い出の竿は、最後に大きな獲物を釣り上げてくれました。

 原稿を渡す際になって読み直してみて、これはいかんなぁと思いましたが書き直す余裕がありません。一つには、説明不足や下手さがめだちますが、もう一つは全くのフィクションではないのに嘘っぽい。所詮は釣師のする話と嗤ってください。



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