拙宅のタクアン

 下 里 直 行  (橿原市)

 F先生へ (タクアンに添えて)
 さっそくですが、拙宅のタクアンをお届けいたします。お口にあうかどうかはともかく、一度お試しくださいませ。

 昨年十一月二十三日、南都農園に注文した百二十本の「青くび大根」が土付きで届けられました。寒風の中、女房と一緒にこれを洗いあげ、その日のうちに六%の塩で「荒漬け」をし、水が上がった七日後の三十日「本漬け」いたしました。かれこれ一ヶ月も過ぎ、そろそろ塩が馴染んできた頃合いです。本漬けの塩分は五%。ぬか以外の副材料は赤ざらめ、だし昆布、だしじゃこ、赤とうがらし 、乾燥した「しぶ柿の皮・なすびの葉・みかんの皮」、かぼちゃ、クチナシの実です。
 着色剤や人口甘味料はいっさい用いておりません。しぶ柿の皮やなすびの葉は当地ではめったに手に入りません。伊勢タクアンの本場、三重県の実家に頼んで入手しました。
 漬物は雑菌の混入を嫌います。器材の消毒はもとより、大根の下洗い・漬け込み・取出し作業では、ことのほか「清潔」に留意して取り扱っております。どうぞ安心してお召し上がりください。
 樽から取り出して空気に触れますと、しだいに黒っぽく変色してゆきます。しかし、風味が損なわれることはありません。

 タクアンの醍醐味は「塩加減」と「歯ごたえ」にあろうかと存じます。拙宅の皆は塩辛く、パリパリしたものを好みますので、ちょつとショツパ目にしています。
 もし、ショツパ過ぎるとお感じの場合は、薄めの塩水にしばらく浸して「塩出し」をしてお召し上がりください。塩分は抜けても風味に変わりはないはずです。
 「ビールの肴」、「お茶漬けの友」にどうぞご賞味ください。
 なお、「春出し用」にもう一樽寝かせております。こちらは塩分八%仕様で、相当に塩辛いです。ご要望あればお届け致します。


 F先生からのお礼状
前略
 昨日はご多忙のところ、わざわざ貴君の努力の品をお届け下さいまして有難うございました。
 独自の発想と努力からなる「タクアン」の醍醐味を、家族皆でおいしくいただきました。
 こんなにおいしい「タクアン」を口にしたことはありません。大根固有の成分を科学的根拠に基づいて、あらゆる操作を駆使して引き出した、なんとも表現しがたい深くてまろやかな味。噛めば噛むほど口一杯に広がる不思議な風味。これが本当の漬物の味だという満足感を与えてくれました。奥様にもこの喜びをお伝えてください。寒気一層の折から、ご自愛ください。                   早々
  平成八年一月七日


 タクアンののことなど
 タクアンの自家漬けを始めて六年になりました。
 おいしく漬けるコツは「手塩」にかける気持ちが大切です。
 手抜をしたり、手間を省くとウマクゆきません。漬けるチャンスは十一月下旬で、年に一回しかありません。
 ”塩で一押し”の「荒漬け」作業はスリルに富んでいます。
 積み上げた百二十キロの重石がつねに垂直を保つよう、ほぼ三時間ごと五日間、昼夜兼行で監視します。一個二十キロの重石が、バランスを崩して落下するおそれがあるからです。
 重石が沈むにつれ、水がドンドン湧きあがってきます。
 荒漬けがおわった大根はもとの重さの四割になります。
 ”一押し”がスピーディーにいくかどうかで味か決まります。タクアンの一番おいしい食べころは漬けて四ヶ月まで。
 「本漬け」で五月初旬まで食べられるよう、塩の量を塩梅(あんばい)します。
 樽から出したら、その日のうちに食べること。やむをえない場合、サランラップで表面をピツタリ覆って冷蔵庫に保存します。
 食生活や嗜好の変化から、タクアンも塩分の強いものはキラわれがちな世にあって、わたくしはあくまでも自然の味への郷愁にこだわり続けてゆくつもりです。


「謹 告」
 前年度のタクアンは既に「底」を突きました。また、受注生産は致しておりません。万が一、こ達文を頂きましてもこ希望には添いかねます。悪しからず…
          亭主敬白

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