思い出すたびに心の中をさわやかな一陣の風が吹き通る,そんな思い出があります。
私の祖父は,たばこを吸う人でした。
私は高取町で生まれました。古い家の台所には土間をはさんで一方にかまどがあり
,もう一方には広い板の間があるというつくりであったように覚えています。
当時3歳くらいの私は,その板の間の端で,四角い火鉢をはさんで祖父と向かい合
って座っていました。農作業の後の祖父は首から手ぬぐいを取って私の前にすわり,
キセルにつめた刻みたばこに火をつけました。
台所の大きく開いた窓の外には,西日に照らされて黄金色に輝く稲田が遠くまで続
いています。秋の夕暮れのさわやかな風を受けて,重く稔った稲穂が大きく揺れ,稲
田はさながら波立つ水面のようでした。
祖父はそれをじっと眺めながら,黙々と煙をふかせていました。祖父にとって,ほ
んとうに良いたばこだったのだろうと,今でも思います。
それからしばらくして祖父は脳卒中で亡くなりましたので,これは祖父の生前の数
少ない思い出のひとつとなりました。さわやかな秋の風を受けるたびに,祖父とのく
つろぎのひとときを思い出し,私の心の中は暖かくなります。
それから40年がたちました。平成6年に患者さんの禁煙のお手伝いをしようと内科
の一つの専門外来として「禁煙外来」を開設しました。ほとんどの時間を患者さんと
の相談に費すために,大きな収益が望めない外来ですが,病院内外の大勢の先生方に
支えていただき,今まで続けることができました。
禁煙外来に全国から来られた患者さんのなかには,印象に残る方が大勢います。
人の生き方が十人十色であるように,禁煙の道筋もその結果も十人十色だと,このご
ろ思います。
Sさんはお寺の住職です。50歳になったSさんには大型バイクに乗りたいという
夢がありました。Sさんの家はオリンピックが開催された長野にあります。霧ヶ峰へ
も八ヶ岳へも白馬へも日帰りでゆける所に住んでいるSさんは,大型バイクに乗って
高原を飛ばしたいというのが学生時代からの夢でした。
片手でも運転できる乗用車と違って,重いバイクに乗るには両手が必要ですので,
運転中はたばこを吸えません。一日60本のチェーンスモーカーのMさんは,アメリ
カ製のきらきら光るバイクが家に届いた日,禁煙外来に電話をかけて受診を申し込ん
できました。
私はSさんに,山に登ることをすすめました。禁煙を始めたSさんは,どうにもイ
ライラしてきたとき私の言葉を思い出して乗鞍岳に登ってみました。山頂できれいな
空気を胸一杯吸い込んで広い景色をみていると,たばこを吸うとか吸わないとか,そ
んな小さなことにこだわっている自分が馬鹿らしいと,ふと思ったそうです。
1カ月後にもう一度長野から出てきたSさんは
「たばこなしで吸い込む山の空気は木の葉の香りがします。高原のさわやかな風を受
けていると,まるで青年時代に戻ったようです」
と報告してくれました。
大阪のTさんはテレビ局のデイレクターです。一日60本のスモーカーのTさんは
禁煙外来の取材の打ち合わせに来て,自分が禁煙してみようと思いつきました。
デイレクターという仕事はふだん滅多にブラウン管に登場しない裏方の仕事ですが
,ヘビースモーカーの自分が果たして禁煙できるかどうかをテレビでドギュメントに
して放映しようという訳です。撮影当日,病院の外で最後のたばこを吸ったTさんは
,神妙な顔で私の診察を受けてスタッフと局に戻りました。
それからがたいへんでした。テレビ局にはヘビースモーカーが揃っていて打ち合わ
せのたびに煙を吹きかけられます。「とにかくあと1分だけ」と自分に言い聞かせな
がらTさんは1週間の禁煙をやりとおし,ブラウン管でにっこりと視聴者に報告して
いました。
それから10カ月になります。昨日もTさんからの定期報告が来ました。
「先生,禁煙続いています。一年たったら記念に,また外来へ参ります」
律儀な電話での報告に,診察室にさわやかな風が吹き抜けます。
Nさんは車椅子に乗って禁煙外来にやってきました。
18歳の時,車の運転免許を取った翌日に無謀運転による事故で下半身麻痺になった
Nさんは,リハビリで始めたバスケットボールチームのキャプテンとして活躍するま
でになりました。
スポーツ選手には全身の酸素濃度をさげるたばこは禁物ですが,Nさんはどうにも
たばこをやめることができません。合宿中もこっそり隠れてたばこを吸っているよう
では,キャプテンとして後輩に示しがつかない。こう感じたNさんは禁煙外来を尋ね
てきました。
Nさんがたばこをやめて3日目のことです。バスケットの練習のあいまの休憩時間
でした。同じチームにもうひとりだけたばこを吸っているチームメートがいます。そ
の彼がNさんに近づき,「ほら」とたばこを差し出しました。
そのチームメートは,Nさんが禁煙をはじめていることを知りません。たばこの箱
を差し出したまま,Nさんがたばこを取るのをじっと待っています。
親切を無にするのはよくないという気持ちと,せっかく禁煙を始めたのにという気
持ちが交錯して,Nさんはとっさに何と言っていいのかわかりませんでした。数秒が
,数時間にも感じられたと言います。
数秒後,Nさんはようやく声に出して言いました。
「ぼく,禁煙を始めたんだ」
チームメートははっとした様子で答えました。
「そうか,そういえば,きょうは吸っていないね」
そして自分が以前3年間禁煙したことと,宴会でのたった1本のたばこで,また元
のスモーカーに戻ったことを淡々と話したそうです。
2週間後,もう一度禁煙外来にやってきたNさんは言いました。
「彼はこの時,ぼくの禁煙について何も言わなかった,それが救いでした。もし『禁
煙なんかやめて吸ったら』と言われたら,つい誘惑に負けて1本吸ったかもしれませ
んし,『がんばって禁煙を続けろ』と説教したら,自分は吸っているくせにと反発し
たでしょうね。ぼくのことは何も言わずに,自分のことだけを話してくれたことを感
謝しています」
禁煙ができるか出来ないかは、本人の意志や努力だけによって決まるのではなく,
本人をとりまく環境や運によっても左右されます。禁煙したNさんも,たばこを吸い
続けているチームメートも,ほんとうにさわやかな人たちだと私は思いました。
禁煙外来にはすばらしい出会いがあります。禁煙できても出来なくても,人間は皆
すばらしいものを秘めています。それを私は大勢の患者さんから教わりました。
さわやかな風を運んで遠くから来てくださった患者さんたちに感謝するとともに,
今まで禁煙外来を支えてくださった先生方に,この場を借りて厚く御礼申し上げます。