「私、子供の時分に観音様にお会いしたんです。
私の生まれたところは長崎の近くの寒村でした。ほんの子供の頃でした。村にどこからかおばあさんの乞食が来て住みついたのです。いつのころからか村の人達はその乞食を「おッきんばあさん」と呼ぶようになって、皆で残り物などをやって助けてやっていました。そのうち雨に濡れているおばあさんをみかねて、青年用の集会所の横に小屋を建ててやりました。その小屋は明りもなく真っ暗でしたが、ひとついろりがきられていて、ばあさんはそこで暖をとることはできました。
ある日、私はキャラメルを一箱もらいましたとき、その半分をおッきんばあさんにわけてやることを思いついたのです。それでもそんなことをするのが何となく気恥ずかしく、誰も人の居ないことをたしかめながら、おッきんばあさんの小屋に入ってだまってばあさんにキャラメルの箱をさしだしました。ばあさんが受け取るとすぐにひきかえしましたが、ふとみるとおばあさんは頭をすりつけて手をあわせて拝んでいるのです。あとになっておッきんばあさんは私を拝んでいたのだということがわかりました。
おばあさんは一年程して死んでしまいました。村の人達は皆で村の無縁墓地のかたすみに、うめてやりました。ばあさんのお棺が家の前を通る時私はそっと手をあわせて拝みました。なにか無性に悲しかったことをおぼえています。
あれは観音様だったのですね。観音様は相逢う人に手をあわせて拝んではその人に仏性を知らしめられたといいます。」