「症例から学ぶ糖尿病」

     患者さんはどのような治療を望んでいるのか

       奈良県立医科大学第三内科 

        助教授 岡本 新悟

 

長らく「群盲像を撫でる」と評されてきた糖尿病学も、近年の急速な進歩により病因論に基づいて病型が分類されるようになった。さらに分子細胞学や遺伝子解析の進歩により原因が明らかにされた糖尿病(その他の特殊な型の糖尿病)も急速に増えてきた。しかし一般臨床でわれわれが扱う糖尿病の殆どは原因が不明で、まだまだ原因から治療を行える時代ではない。しかしわれわれは高血糖をきたす病態を詳細に把握する術を手に入れており、また高血糖によってどの程度の危険率で合併症を伴ってくるかというエビデンスも手に入れた。たとえ病因が明らかにできなくても、高血糖をきたす病態を一人一人の患者で明らかにしながらその患者に合った治療法を選択することが可能となった。そのため糖尿病患者を治療する上で、次の6項目のステップを踏んで診療することが肝要である。

(1)罹病期間の把握:発症からのエピソードを詳細に聞き取り、糖尿病罹病期間を推測する。その結果、1型から2型かあるいは何らかの疾患によって引き起こされた二次性糖尿病なのかといった病型を推定することができる。

(2)合併症の程度:合併症の進行度は罹病期間と過去の血糖コントロールの相乗効果で決まるとされている。罹病期間からみて妥当な程度かどうか検討することが大切で、合併症から逆に罹病期間を推定することも必要である。

(3)高血糖の病態の把握:患者の高血糖の病態、即ちインスリン分泌低下によるのか、インスリン抵抗性によるのかを血糖値とインスリンあるいはCペプチドの値から推測する。それが病因に迫る第一歩である。

(4)インスリン分泌低下の原因:インスリン分泌低下が明らかになれば、その原因はどこになるのかを検討する。自己免疫によるのか、薬剤や化学物質による可能性はないか。

(5)インスリン抵抗性の原因:インスリン抵抗性があきらかになればその原因とレベルがどこにあるのかを検討する。インスリン受容体あるいは受容体以降のシグナル伝達に関する遺伝子レベルの検索は不可能としても推測することは解明への第一歩であり重要なことである。

(6)病態から治療法の決定:以上高血糖の病態と病因から病型を決定し、治療を選択することになる。インスリン分泌低下ならSU剤やナテグリニドさらにインスリンを、インスリン抵抗性ならαグルコシダーゼ阻害剤やビグアナイド剤、チアゾリジン系薬剤を優先的に使うことになる。

要するに、糖尿病の治療は病型と病態を根拠に行うものであって、血糖値の高さだけで判断するのではない。患者ごとに血糖値の病態を詳細に検討していく中で、治療法が明らかにされ、それが病因の解明につながる道である。