平成18年10月28日
「前立腺肥大症のプライマリーケア」
奈良県立医科大学泌尿器科学教室 教授 平尾佳彦

 本格的な高齢社会を迎えたわが国において、高齢男性のQOLを低下さす前立腺肥大症に関心が高まっている。プライマリーケアとしての診療指針について概説する。症状は、国際標準になっている症状問診票を用いて「残尿感」、「2時間以内の排尿」、「排尿のがまん」の蓄尿症状と「尿の途切れ」、「尿の勢い」、「排尿開始時のいきみ」の排尿症状ならびに夜間尿回数をそれぞれ0から5点までの6段階評価し、さらに現在の排尿に対する満足度を7段階で評価する。前立腺の大きさの評価は、直腸指診が標準且つ簡便であるが、詳細な内部構造の診断には経直腸超音波診断が用いられる。また、経腹壁超音波診断で膀胱内に突出する前立腺を認めれば、これが排尿障害の原因といえる。排尿機能の評価は、最大尿流率と残尿量で評価するが、最大尿流率などの水力学的検査は専門的であり、一般には超音波断層で残尿の有無をみることが勧められる。また、排尿時刻と排尿量を記載する排尿日誌は夜間頻尿や習慣性頻尿などの診断に有用である。

 前立腺肥大症は尿道周囲の移行領域に肥大結節が、前立腺癌は辺縁部領域に癌腫が発生し、それぞれ発生母体が異なることから両者が合併することは稀でない。PSA(前立腺特異抗原)は臓器特異的なマーカであり、前立腺肥大症や急性前立腺炎でも上昇する。PSAが4〜10ng/mlはグレーゾーン、10ng/ml以上になると癌の可能性が高く、50歳以上の男性、特に排尿障害を訴える患者では必須の検査である。

 現在、有用性が立証されている前立腺肥大症の治療として、無処置経過観察、薬物療法、低侵襲外科および経尿道的電気切除術がある。

 軽症から中等症の患者の前立腺肥大症患者では排尿日誌を使って最も快適に排尿できる機能的膀胱容量を患者自身が把握し、それを目標とする排尿習慣をとるように生活指導することで25%が無治療で経過観察できる。

 薬物療法では、α遮断薬は効果の発現が早く、中〜長期の効果も認められており、薬物療法の標準治療薬である。血圧低下を来さない前立腺選択性の高い薬剤が本邦で開発され、近年、前立腺α1a受容体の超選択的な遮断薬と位置付けられるシロドシン(ユリーフ)が市販化され、前立腺肥大症による排尿障害に悩む患者にとって大きな福音になっている。また、α遮断薬と抗コリン剤もしくは抗アンドロゲン剤の併用により、さらに症状改善が得られることが報告されている。

 外科治療は、前立腺肥大症に対するあらゆる治療選択肢のなかで、最も侵襲的ではあるが、排尿障害の改善に最も有効性が高く、経尿道的電気切除術(TUR−P)は低侵襲であり、前立腺肥大症に対する治療として最も標準的な治療法とされている。

 「プライマリーケアとして前立腺肥大症患者をどう扱うか」についてのまとめを記す。まず前立腺問診票・PSAなどにより、重症もしくは異常所見ありと判断されれば泌尿器科医に紹介し、専門的評価・治療を受けることが望ましい。それ以外では前立腺に選択性の高いα1遮断薬を12週間投与し、症状を再評価する。再評価にて治療に滴足している患者にはα1遮断薬を継続投与するが、夏期には休薬するなどの間歇投与も考慮する。12週時点で治療に難渋する患者や不安をおぼえる時は泌尿器科医に紹介・相談することが望まれる。また、治療に一定の満足が得られている患者においても、漫然と投薬を長期間継続するのではなく、平均余命を念頭に心身、年齢、社会背景を考慮して、手術適応についても検討することが必要である。

 最後に前立腺癌検診について述べる。現在、各地で展開されている50歳以上の男性を対象とした前立腺検診の癌検出率は0.7−1%と、他の癌と比べて非常に高いことが報告されている。また、検診で診断される前立腺癌は早期癌の比率が高く、根治的な治療が期待でき、医療費の抑制に大きく寄与している。前立腺癌検診を基本検診に組み入むことのメリットは極めて大きく、奈良県においても、癌撲滅に大きく貢献する前立腺癌検診の更なる普及が望まれる。

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