平成19年9月29日
医科と歯科の医療連携について−訪問歯科の立場から
(医)和光会 訪問歯科診療部 木下文夫

 この度は、お話させていただく機会を与えていただき、有難うございます。私はこれまで30年間、急性期病院の口腔外科に携わり、智歯の抜歯を初め、顎骨骨折、嚢胞、腫瘍、顎関節症などの手術を手がけてまいりました。10年ほど前に、慢性期の病院や療養病棟、あるいは老健施設などに入っておられる方々の中に、口から食事を取るのが困難な方が大勢おられることを知り、3年前、療養病棟が新設されたのを期に志願して、療養病棟専属の歯科医師こしていただき、什事のメインを口腔外科から老年歯科の分野に転向しました。

 口は消化器官、呼吸器官としての機能以外に、会話や歌・楽器演奏など社会生活を楽しための機能もあります。特に、咀嚼運動には、食品の粉砕や味覚刺激、唾液分泌促進などの生理学的意義のほかに、咀嚼欲求の満足や精神統一、注意集中などの心理学的意義もあります。したがって、口はヒトにとって欠かすことのできない重要な器官であると言えます。何らかの原因で口が普段の機能を十分果たせなくなると、ヒトは体の不調はもちろん心の不調も負うことになります。

 摂食・嚥下運動は、食べ物が認知されることに始まり、口腔・咽頭・食道を経て胃に至るまでのすべての過程を言います。歯科は、口に取り込んだ食物を噛み砕いて食塊を形成し咽頭に送り込む寸前までの随意運動に主に関与しますが、咽頭から食道入口までの食塊の移動である嚥下連動は、ごく短時間に行われる不随意運動で、さまざまな脳神経とその支配筋の協調性のある収縮弛緩により、瞬時気道を閉塞して行われます。したがって、認知症の方、脳血管障害など神経麻痺のある方、加齢による筋肉の廃用障害のある方などに摂食・嚥下障害は生じることになります。

 今回は、加齢による摂食嚥下障害への対応に絞ってお話します。

 高齢者の場合、口の中は次のような変化が見られます。口唇を含め口の中の粘膜の知覚、味見が低下します。口輪筋や頬筋、舌筋、咀嚼筋などの筋肉の力が低下します。歯の数は長年の虫歯や歯周病、歯を支えてきた歯槽骨の吸収などによって動揺し抜去されて減少しています。歯が無くなったところには義歯が装着されていることが多いのですが、義歯の下になる粘膜は薄く平滑下しています。主に耳下腺の唾液分泌畳が減少し、相対的に唾液が粘調になるか、粘膜表面が乾燥しています。これらの結果として咀嚼機能はかなり減弱しています。また、嚥下運動の面で見ますと、口の中で作られた食塊を食道に送り込む際に必要な喉頭や舌骨の挙上が減少し、輪状咽頭筋が弛緩しないために食道に送り込めなくなったり、喉頭蓋の閉鎖不全のために一部が気管に迷入してムセることが多くなります。

 このように、高齢者は容易に摂食・嚥下機能の低下をきたしやすく、低栄養となりやすいのです。低栄養はADLや認知機能の低下に繋がりやすいだけでなく、免疫能の低下にも繋がり、肺炎などの感染症発症のリスク因子でもあります。また、高齢者では、口腔清掃をおろそかにすることが生命にかかわる場合があります。口腔内細菌が就寝中に唾液の誤嚥を介して誤嚥性肺炎を起こすことが示されています。このような摂食・嚥下機能の低下や口腔を通じた感染症を防ぐためには、より積極的な口腔保健の維持・管理をめざす口腔ケアが必要です。私がここでお話する口腔ケアとは、「口腔清掃」はもちろん、舌・口唇・頬の運動を含む咀嚼機能訓練、構音発声訓練、摂食・嚥下機能訓練、呼吸法に関する訓練、食事環境についての指導などの「口腔機能向上訓練」を含みます。「口腔清掃」を続けると、咽頭の細菌数が減少したり、嚥下反射や咳反射の閾値が低下しムセにくくなるというデータがあります。また、「口腔機能向上訓練」を続けることによって、血清アルブミン値が有意に増力し栄養の改善をみたという報告があります。つまり、高齢者にとって「口腔清掃」と「口腔機能向上訓練」は誤嚥性肺炎の有効な予防法となるのです。現在、地域介護支援センターやデイ・サービス等で熱心に行われていますが、在宅の要介護者に対しても積極的に行っていく必要があります。当然のことながら、このケアを1つの職種が担っていけるものではありません。われわれ歯科の分野に従事しているものを含め、高齢者に閲わっているすべての職種の人たちが協力して、ひとつのチームとして当たらねばなりません。

 すべての職種がそろった病院とは異なる施設や在宅では、場合によっては患者のニーズに合わせて職種の領域を超えてdisciplinary teamとして努力していかねばなりません。医師の皆様には、是非このチームのリーダーとしての役割を担っていただきたいと存じます。このチ一ム作りが円滑に行ってはじめて、本格的な摂食・嚥下障害患者に立ち向かい、再び安全な経口摂取に向かうリハビリテーションの足がかりになると思うからです。「食べる楽しみは生きる楽しみ」であり、単なる栄養摂取以上の意味を持ち、生活の質の向上には欠かせません。そのためには、年齢相応の摂食・嚥下機能を保つことが必要です。また、機能障害があってもあきらめずに「口から食べる」可能性を広げる努力が大切なのです。

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