平成20年6月28日 |
「認知症の症状と対応」―物忘れ外来の現場から― |
滋賀県立成人病センター老年神経内科 診療部長 松田 実先生 |
1.認知症、うつ病、せん妄について 「認知症」とは状態をあらわす言葉であって、疾患名ではない。認知症状態をきたす代表的疾患には、アルツハイマー型認知症(AD)、レビー小体型認知症(DLB)、脳血管性認知症、前頭側頭葉変性症があり、最近は四大認知症とも呼ばれている。医療的には疾患レベルでの適切な診断が不可欠である。 認知症と誤りやすい病態として、うつ病とせん妄がある。うつ病については、認知症初期に陥りやすい「うつ的状態」を「うつ病」と診断して、認知症であることを見逃されている場合の方が多いことに注意が必要である。せん妄は一種の意識障害であるが、身体的疾患を背景に起こりやすいので、早期の適切な診断と治療が必要である。薬剤性せん妄は日常臨床でしばしば遭遇する。特に高齢者の風邪薬によるせん妄は頻度が高い。 2.ADとDLBの初期症状について ADの初期症状は圧倒的にもの忘れである。何度も同じことを尋ねる。物を捜す、同じ物を買ってくる、などが代表的な症状であり、体験そのものを忘れる悪性健忘である。尋ねたという行動そのものを忘れているから、初めてのように同じことを尋ねるのであり、自分が別の場所に置いたという行動を忘れているから、下手をすると「誰かが盗った」となる。ただし、この「物盗られ妄想」に関しては、もの忘れだけで単純に説明はできず、その背景に不安、寂しさ、欲求不満などの心理現象があることを理解しないと適切な対応はできない。 DLBの初期症としては、もの忘れも多いが、最も特徴的な症状は、幻視、錯視、人物誤認などである。しっかりした時とそうでない時の差が激しく、初期にこうしたエピソードがあっても、また正常にもどるので見逃されやすい。患者は幻視の内容を覚えていることが多いが、自ら訴えないこともあるので、丁寧な問診が必要である。 3.認知症早期診断の意義 認知症を早期から診断することの意義は、進行を遅らせる薬剤があり早 期から服用した方がよいといったことにあるのではない。ADを代表とする 変性型認知症は原因不明の神経難病であり、決して「生活習慣病」ではな い。したがって、予防も進行抑止も困難である。それでも、早期から診断 することの意義は大きい。 認知症の症状は、神経系の障害から不可避的に生じる認知機能の障害と、 患者本人の苦悩や患者と周囲との軋轢から生じていると考えられる二次的 な症状がある。前者は防ぎようがないが、後者は防ぎようがある。しかし、 そのためには周囲の人が患者本人の不都合を早期から理解し、病気から仕 方なく起こっている症状を叱責したりせず、さりげなくサポートする姿勢 が重要である。したがって、正しい診断だけでなく、本人や家族への病態 説明、対応指導などを丁寧に行うことが、「もの忘れ外来」の使命であると 考えられる。 4.認知症専門医からかかり付け医に望むこと 患者や家族からもの忘れの訴えが聞かれたら、是非とも適切な「もの忘 れ外来」に紹介すべきである。一見正常に見えるからといって、「大丈夫、 年をとれば多少の物忘れは誰にでもあります」などといった安易なその場 かぎりの慰めの言葉を吐くべきではない。認知症の頻度の高さを考えると、 普段の診療はかかりつけ医が担当しなければならない。基本的には身体的 管理だけで十分であるが、時には家族の話を聞いてあげることも必要であ る。「あなたが頑張っているから、患者さんはいい状態を保っていられるの ですね」といった労いの言葉が、家族にとって何よりもの励ましとなる。 介護者を支えることが患者本人を支えることになるという視点を忘れては ならない。 |
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