平成22年7月30日 |
「糖尿病から見たCKD管理」 |
天理よろづ相談所病院 糖尿病センター長 辻井 悟先生 |
糖尿病は日本においても患者数が年々増加傾向にあり、2007年の厚生労働省の調査では、糖尿病の可能性を否定できない人(HbA1c5.6〜6.1%未満)を含めると2210万人に達する。奈良県の糖尿病患者数は25万人相当と推計されているが、そのうち2.2万人しか医療機関に受診していない状況にある。県内二十数名の専門医のみでは対処は難しく、広く一般臨床医との連携が必要である。奈良県地域医療連携課と奈良県医師会は、共同で糖尿病の診療支援を含めた糖尿病診療対策推進会議の構想を具体化しつつある。 糖尿病腎症、CKDの病期と頻度 糖尿病腎症は糖尿病合併症として増加しており、CKDの中で大きな位置を占めている。腎症のために腎不全となり、透析導入される人は増え続けており、原疾患別にみると1998年以降慢性糸球体腎炎を抜いて糖尿病が41位となっている。2009年には、糖尿病が原疾患で透析導入となった人は、16414人に上り新規導入患者の44.5%を占めている。糖尿病腎症は、腎症前期の第一期から、微量アルブミン尿(30〜299mg/gCr)を認め早期腎症の第二期、持続的蛋白尿を認める顕性腎症前期(第三期A)、GFRが低下し始める顕性腎症後期(第三期B)、血清クレアチニンが上昇した腎不全期(第四期)、人工透析が必要となる第五期までの分類がある。病理学的には第一期から軽度のびまん性変化が始まっており、次第に結節性変化が混在して荒廃糸球体となる。わが国の病期分類別の頻度は、8897人を対象とした日本糖尿病データマネージメント研究会(JDDM)の報告によれば、第二期が32%で第三期以上が10%となっている。 CKDのステージ分類はeGFRを目安にステージ1(腎障害は存在するがGFRは正常または亢進)から5(腎不全;GFR<15ml/min/1.73u)まで存在する。わが国の成人人口の10.64%がGFR六〇未満のステージ3以上に相当し、蛋白尿のみ認める2.3%を合わせると12.9%、つまり1330万人がCKD患者数となる。CKD1あるいは2が出現するリスクとして、年齢、血尿、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙があり、ステージ3以上となるリスクとしては年齢、蛋白尿2+以上、血尿、高血圧、糖尿病(治療中)、喫煙等がある。CKDには古典的(高血圧、糖尿病を含む)な心血管リスクファクターの他、貧血のような非古典的なリスクファクターも共在する。沖縄からの報告にあるように、CKDの発症はメタボリックシンドロームの因子が重複するほど増加する。血糖値、血圧、HDLコレステロール、トリグリセリド、腹部肥満の各因子が異常値である方がCKDの頻度が高い。 糖尿病腎症・CKDの危険因子と治療 高血糖が第一の危険因子であり、1型糖尿病で膵移植してインスリン療法が必要なくなるまで血糖値が改善すると約2年で尿蛋白は著減する。腎臓の病理組織学的改善には約10年の月日が必要のようである。最近注目されている食後高血糖値の上昇がGFRの低下と相関すると報告されている。インスリン抵抗性改善薬であるチアゾリジン系薬を使用した試験のメタ解析はアルブミン尿が減少することを示している。腎症の発症には糸球体の足細胞の欠落が重要で、アポトーシスに至る細胞内伝達過程が明らかにされつつあり、腎症抑制への足掛かりとなるかもしれない。 腎症の成因には全身の高血圧に加えて糸球体高血圧が大きく関わっている。高血糖では輸出細動脈より輸入細動脈の拡張が著しく、糸球体高血圧となるが、Caチャネル障害、RA系亢進、インスリン抵抗性も関わっている。また、糸球体の過剰濾過には高血糖の他、ポリオール代謝、ANP、NOなどの関与もある。さらに、メイラード反応による終末糖化産物(AGEs)の産生・蓄積や細胞内浸透圧上昇による細胞内偽虚血状態、PKCの活性化、酸化ストレス、RA系の変化、微小炎症などが腎症の成因としてあげられている。輸出細動脈を拡張させる降圧剤として、ACE阻害薬やARBによる蛋白減少効果が確認されている。血糖コントロールの強化療法による心血管イベントの抑制を目的としたADVANCE試験では、糖尿病患者一一,一四〇人を対象にペリンドプリルとインダパミドを併用した降圧による腎イベント(微量アルブミン尿や腎症新規発症、血清クレアチニン倍加、末期腎不全発症)抑制が報告されている。到達した収縮期血圧(平均最低値106mmHg)が低いほど腎イベント発生率が低値を示した。 CKDの降圧療法としては、RA系抑制薬が第一選択となるが、第二選択として利尿薬あるいは心血管疾患のハイリスク群にはCa拮抗薬があげられている。そのCa拮抗薬でもT型Caチャネルを抑制するものが輸出細動脈を拡張するので望ましい。ベニジピンはL型、T型Caチャネルを抑制して、降圧と尿蛋白減をもたらし、CKD患者の透析導入期間を延長することが示唆されている。 CKD早期より貧血を伴うことが知られており、意欲やADLの低下に関与し心血管疾患のリスクにもなりうる。米国110万人を対象としたコホート研究では、CKDや心不全に貧血を伴うことで死亡率が増加することが報告されている。貧血治療することで腎生存率も高まる。2008年の腎性貧血治療ガイドラインではHb11g/dl以上が目標とされているが、達成は十分ではない。従来のエリスロポエチン製剤は一〜二週間に一回皮下注射を必要としたが、遺伝子工学の応用により、より長い半減期を有する構造をもったダルベポエチン製剤が腎性貧血にも適応可能となった。2〜4週間に1回の皮下注射でHbの目標達成が可能となった。 糖尿病から見たCKD管理 2型糖尿病の新規発症者を対象としたUKPDSでは、腎症が次の病期に進行するのは年2〜3%程度であるが、腎症の進行とともに毎年多くの人が主に心血管疾患で死亡することが報告されている。糖尿病もCKDも心血管疾患の危険因子で、両方あれば危険度は高まる。特に、早期腎症の時期に微量アルブミン尿で早期診断して早期介入すると、正常アルブミン尿に寛解する率が51%に上るという日本の報告では、アルブミン尿を減らせば死亡や入院率が半分以下になった。HbA1c、血圧、脂質の目標を達成することでさらに寛解率が上昇するので、早期診断・早期介入と集約的なリスク管理が重要である。元々、糖尿病があるからなので、糖尿病予防が今後の課題ではあるが、腎症に関する認知度の向上と中断させず継続を促すアプローチが必要と考える。糖尿病診療の地域連携強化のためにも、日本糖尿病協会の登録医・療養指導医制度に協力をお願いしたい。 |
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