令和1年10月26日 |
「肺の慢性感染症」 |
天理よろづ相談所病院 感染管理センター センター長 田中 栄作先生 |
肺の慢性感染症としては、肺抗酸菌症(結核菌、非結核性抗酸菌)、肺真菌症(アスペルギルス、クリプトコッカス)、肺放線菌症(ノカルディア、アクチノマイセス)が挙げられるが、非結核性抗酸菌症(NTM症)の頻度が最も多い。 結核は、結核菌群(九菌種)による感染症であり、全身の殆どの部位に肉芽腫性の病変を形成しうるが、中でも肺結核が八〇%、肺外結核が二〇%を占める。空気感染によりヒトからヒトに感染する伝染病であり、我が国では感染症法の二類感染症に指定されている。歴史的にも、この二〇〇年間で最も死亡者数の多い感染症とされている。二〇一八年、わが国では、新登録患者数が一五五九〇人(人口一〇万対一二・三)であり、二二〇四人が死亡している。やや男性に多く、年齢分布では二〇歳代と八〇歳代にピークがある。二〇歳代の結核の六四%は外国生まれであった。結核に感染すると、通常二年以内に五%のヒトが発病(一次結核)し、それ以外のヒトは、感染しているが発病していない状態(潜在性結核)となる。その後、老化や細胞性免疫能の低下などにより、五%のヒトが発病する(二次結核)。近年、関節リウマチなどに対する生物学的製剤や抗癌剤の使用に伴う二次結核の発病が、医療現場の新たな問題となっている。QFT検査やT‐SPOT検査により、潜在性結核を適切に診断し、発病する前にイソニアジドによる治療を施行することが重要である。 非結核性抗酸菌症は、環境生息菌である非結核性抗酸菌(約二〇〇菌種)による慢性の肉芽腫性感染症であり、九〇%以上は肺感染症が占める。症状は咳、痰、血痰、微熱など結核と極めて類似しているが、人からヒトへの感染は疫学的に否定されている。菌種としては、Mycobacterium avium complex(MAC)、M.kansasii 、M.abscessusが殆どを占めるが、菌種により治療法が異なるため、原因菌の検出と同定が必須となる。また、土壌や水系に生息する環境生息菌であることから、喀痰から二回以上、あるいは気管支鏡検査で菌を検出することが診断には必要となる。同様の理由から、胃液や便から検出しても診断することはできない点に注意が必要である。肺MAC症に対しては、リファンピシン(RFP)+クラリスロマイシン(CAM)+エタンブトール(EB)を排菌陰性化後一年間(通常十八〜二四ヶ月)、重症例には加えて初期二ヶ月間ストレプトマイシン(SM)あるいはカナマイシン(KM)を併用する。M.kansasii症はINH+RFP+EBの十二ヶ月間の投与で治癒が期待できる。M.abscessus症は通常の抗結核薬に耐性であり、薬剤感受性結果に基づいて三種類以上の抗菌薬を十二ヶ月以上投与することが必要となるが、標準的な治療法は確立されておらず、最も難治で予後の悪い感染症である。いずれも長期間の投薬は必要であり、副作用や抗菌薬耐性化の問題などもあり、専門施設への紹介が望ましい。 肺真菌症は、環境に広く生息する真菌の中で、三十七度でも増殖することの可能なごく一部の真菌により発症する。ほとんどはAspergillus属(三五〇菌種以上)による。血液系の悪性腫瘍など免疫能が低下したヒトに発症する急性感染症と、肺気腫や間質性肺炎などの既存の肺疾患を基礎として発症する慢性感染症があるが、共に近年増加の傾向にあり注意が必要である。 |
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