平成29年1月28日
「生活を支える在宅漢方」
       〜終末期までの効果的な在宅漢方の使い方〜
山口診療所 院長 山口 竜司先生
 ―生活を支えるための「在宅漢方」
治し支える医療では、「治す」=医療だけでなく、「支える」=生活を支えることが大切です。そのためには単に医療を行うだけでなく、QOLも考える必要があります。「在宅漢方」とは、今までの在宅医療に漢方を加えることです。そして、患者がどのような生活を希望しているのか、どう生きたいのかを一緒に考え、生活を支えるために漢方を使うようにしています。がんの終末期に住み慣れた我が家で最期まで食べることができ、家族も大切な思い出作りができたおばあちゃん、介護負担が減ることで家族仲良く在宅生活を継続出来たおじいちゃん、残りの人生をがんとお付き合いしていくという選択をされたおばあちゃん、そういう患者の生活を支えるための「在宅漢方」です。(図1)

―在宅で基本になる漢方
在宅では、がんや難病、慢性疾患や加齢に伴う変化により通院の出来ない患者を訪問し、その人の生活を支えるためには何が必要なのかを考え、時には家族含めての状況も考えて、様々な疾患に対応する必要があります。いずれにしろ、通院できない状況です。生体予備能力の低下や恒常性維持機能の低下などにより、生活していくことに精一杯な患者、もちろん要介護状態も進行していますし、「生きること」そのものが、毎日の生活のすべてという患者も少なくありません。そのような状態の患者の治療には、「身体のバランスをとる」、「身体を整える」、「身体の力を補う」、という漢方の考え方が役に立ちます。そのような考えをもとに、生体機能を補う薬として「補剤」を中心とした治療を行います。補剤は、身体を整えて治る力を補う、生活が出来るようにする、元気を補う薬です。在宅に限らず、がんの治療中や術前術後の管理にも使えるのではと考えています。(図2)
―在宅では、「補剤+補剤」が有効
補剤は、補気剤、補血剤、補腎剤など、在宅生活で支えたい機能を補う漢方がたくさんあります。漢方で、人間の生きる力や治る力(レジリエンス)を支え補う。そういう点からも、特に機能が低下している在宅患者に対しては、補剤+補剤(補剤の併用)の組み合わせを考えます。この補剤+補剤という考え方は、特に機能低下が著明な状態においては、有効な治療方法ではないかと考えています。特に六君子湯+十全大補湯の併用(以下、TJ43+TJ48)は、終末期の身体を支えるためには必須の組み合わせと考えています。TJ43+TJ48の組み合わせは、身体の機能を支えるという点からの生薬バランスも良く、「全方位ベースアップ型」の組み合わせと言えるかもしれません。二剤併用時の甘草量も比較的少なく、使いやすい組み合わせです。

―症例
症例(一) 八十歳代男性 非小細胞肺がん術後、誤嚥性肺炎の繰り返し
漢方処方‥六君子湯+人参養栄湯 (TJ43+TJ108)分三 七・五g
経過‥術後低栄養、体重減少、その後誤嚥性肺炎のために入退院を繰り返していました。認知症のために点滴の自己抜去もあり、当院に紹介があった時点で、DNR確認ということでした。治療目標として、食思増大、栄養吸収・貧血低栄養改善、認知症の肺がん術後も考えTJ43+TJ108の組み合わせを追加処方(西洋薬変更せず)しました。漢方内服開始約1週間後に訪問した時には、食事量も徐々に増え、少し元気が出てきたようでした。その後、食べられるようになったこともあり低栄養・貧血も徐々に改善しました。一年半経過した時点でも入院はなし、抗生剤の処方が必要な状態もなく、かぜ症状の時にはTJ66(参蘇飲)にて対応可能できました。息子さんが一人で両親の介護をしていましたが、介護負担も減り家族三人で安定した在宅生活を継続出来ています。
症例(二) 九十歳代女性 胃がん終末期
漢方処方‥六君子湯+十全大補湯 (TJ43+TJ48) 分三 七・五g
経過‥本人家族の希望で、積極的な治療は行っていません。経口摂取量の減少に伴い西洋薬を中止し、看取りまでの約三か月間をほぼ漢方で対応しました。(西洋薬は、不眠時ブロチゾラム 〇・一二五g頓用のみ)TJ43+TJ48の組み合わせは、特に食べられない、低栄養などの状態である終末期には有効な組み合わせです。狭窄による通過障害もあり、経口摂取量の減少もみられましたが、最期まで口から食べることができ、比較的意識もしっかりとされ、家族とのコミュニュケ―ションも取ることができました。痛みも出ず、急激なQOLの低下もなく穏やかな看取りでした。漢方は、白湯に溶かしてとろみづけ、食事に混ぜる、アイスボール(口当たりがいいようです)などで服薬継続出来ました。漢方を上手く使う事で、病状の急変や急激なQOLの低下のリスクを少しでも低減出来れば、家族だけでなくケアに関わる医療介護サービスを提供する側にとっても、漢方の使用は一つのメリットにもなると思います。
―服薬のポイント
漢方服薬の原則は、食前・食間・食後にこだわらず、一日量を守ることです。食間や食前の処方が多いと思いますが、食前や食間は飲み忘れがちです。大切なのは、まずは飲んで貰うことです。又、在宅では嚥下が難しい方や、経口摂取できる量が減っている方もいますので、無理をして一日三回にせずに、五〜六回と回数を分けて一日量を飲むことも有効な方法です。PEGの方、誤嚥しやすい方、入れ歯の方には、白湯に溶かす方がいいようです。漢方エキス剤は顆粒で溶けやすく、とろみをつけることも出来ます。溶かして飲めることは、在宅では一つのメリットです。漢方の種類にもよりますが、在宅漢方でよく使う補剤は、比較的苦味も少なく飲みやすいタイプが多いです。溶かし方は、湯のみに五〇ccほどの熱湯(白湯の量は、本人の好みの濃さに調整)とエキス剤を入れ、スプーンで一分三〇秒から二分ほどかき混ぜると溶けます。ポイントは、熱湯を使う事です。混ぜている間に、温度も飲み頃になります。私の場合は、最初の一回目に一緒に溶かしながら、使用する漢方の効能や効果を説明するようにしています。(図3)
他に、オブラートやゼリーを使う方法もありますが、どの方法が飲みやすいかは人により違うようです。当院では、何かに混ぜると却って手間がかかると、オブラートを使う方とそのまま粉薬として飲む方が多いようです。最後に、服薬が継続出来るポイントは、どの薬でも同じと思いますが、効能効果・治療目標をしっかり理解してもらうことです。意外と、何のために服薬しているのかよくわからないので、飲んでいなかったというようなケースもあるようです。内服継続は、効果と必要性の理解がポイントではないかと考えています。

―これからの医療において、在宅漢方に期待するのはQOLとパフォーマンス向上
これからの医療は、病気と上手くお付き合いしながらQOLの維持向上を目指す方向ではないかと思います。在宅漢方の補剤中心とした治療を行うことで、患者の状態が安定すると、生活も安定してきます。生活が安定することにより、家族の介護負担や我々医療介護サービスを提供する側の負担も減ると考えています。そういう良い流れが出来ると、結果として費用負担の軽減にもつながる可能性が出るのではと考えています。又、もともと補剤に期待できる身体の機能を支える力により、治る力(レジリエンス)や生きる力を補い、身体のパフォーマンスも上がってくる。これは、予備能力の低下を防ぎ、重症化予防やイベントリスク低減にもつながります。先程の介護負担軽減や費用負担軽減も併せて考えると、在宅漢方が、これからの医療においての身体のパフォーマンスだけでなく、治療のパフォーマンスや費用のパフォーマンスの向上にも貢献できる可能性があるのではと考えています。(図4)
これからは、単に生存日数の延長を目指すのではなく、好きなものを食べられる、家族と仲良く生活が出来る、やりたいことが出来る、笑って楽しく過ごす、生活の視点からはそういう事が大切なのではと思います。今は、地域包括ケアの時代です。地域包括ケアでは、生活の満足度やQOL、そしてパフォーマンスも考える事が必要ではないかと思います。漢方は、フレイル状態から終末期まで、通院から在宅医療まで使う事が出来ます。在宅漢方が、地域包括ケアにおいて生活を支えるための一つの選択肢になるのではと考えています。

参考文献
山口竜司.“臨床研究 在宅漢方: 生活を支える漢方." 漢方と最新治療 23.4 (2014): 349-356.
山口竜司.Kampo Square 280号生活を支える在宅漢方−「これからの医療のQOLとパフォーマンスを考える」



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