令和2年10月31日
「ガイドラインに基づくCKD治療戦略
  ~新たな腎性貧血治療薬HIF‐PH阻害薬への期待~」      
地方独立行政法人 奈良県立病院機構 奈良県総合医療センター 腎臓内科 部長松井 勝先生
 慢性腎臓病(CKD)は、生活習慣病である高血圧症や糖尿病を基礎として発症し、わが国の八人に一人と非常に有病率が高く、新たな国民病と認識される。CKDは透析や腎移植などの末期腎不全に移行すること、心血管疾患の発症リスクが高く、健康寿命を脅かしうることの二つの重大なリスクを抱えている。これらのリスクを惹起する一因に、腎障害の進行とともに緩徐に破綻する内分泌系、すなわちレニン・アンギオテンシン系の活性化、ビタミンⅮの活性低下による骨ミネラル代謝異常症やエリスロポエチンの産生低下による腎性貧血が挙げられる。このような内分泌系の制御機構の異常は一般的にCKDG3b(eGFR<45mL/min/1.73㎡)の中等度以降のCKDから出現するとされる。
 CKD進展予防の中で血圧管理は重要項であり、目標値はおおよそ130/80mmHg未満である。レニン・アンギオテンシン系の活性化に対してレニン・アンギオテンシン系阻害薬を使用することは理に適っていると思われ、蛋白尿を有するCKD症例では第一選択薬である。一方で蛋白尿のないCKD患者ではCa拮抗薬を第一選択薬として使用してもよいことになっている。現行のCKDならびに高血圧ガイドラインでは、七十五歳以上でeGFR30mL/min/1.73㎡を下回る重度のCKD患者ではCa拮抗薬一択である。CKD患者の降圧薬の選択にはeGFRの測定ならびに検尿を診ることが重要であると認識する必要がある。
 従来まで、エリスロポエチン製剤はダルベポエチンを代表とする注射薬であり、定期的に皮下投与することで腎性貧血の改善を担ってきた。二〇一九年には維持透析患者を対象に新規腎性貧血治療薬として経口薬のHIF-PH阻害薬が登場し、二〇二〇年には保存期CKD患者を対象にした二剤のHIF-PH阻害薬が上市された。HIF-PH阻害薬は別名HIF安定化剤とも呼ばれ、HIFの分解を抑制し、体内に保持することで、内因性のエリスロポエチンを増加させる薬剤である。すでに従来までのエリスロポエチン製剤との比較ではHb値の上昇度は同等であることも証明されている。さらに、HIF-PH阻害薬は様々な作用を有しており、特に鉄の利用率を向上させることが知られ、外因性エリスロポエチン製剤に反応しなかった患者にも有効である可能性は示唆されている。一方で、最も危惧される有害事象は血栓塞栓症であり、特にHIF-PH阻害薬が著効する場合、具体的には四週間でHb2.0g/dl以上の上昇がある患者では要注意である。今後、腎性貧血の治療の主体は従来までのエリスロポエチンの注射薬からHIF‐PH阻害薬の内服薬に変更されていくと思われるが、適切なHIF-PH阻害薬を使用することで適正にHb値で管理していくことが心腎イベントの発症リスクの軽減ならびに健康寿命を守ることに貢献すると考えられる。



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