最近私は気になることを経験した。身内の方が結核で入院したが、奈良県内の病院には入れず、京都市内の病院になった。さらにもう一家族同じ様なことで大阪の病院に入院したというのである。今年から天理市教育委員会の委託を受けて、結核検診委員会の委員長をしている。一寸気になったのでインターネットで調べてみると、奈良県は子供の結核発症率が全国でもトップクラスだ。子供が自分から勝手に発症することはあり得ない。ほとんどが家人の誰かからもらっている。前述のお祖父さん達が子供への感染源になる可能性が極めて大きい。それなら問診に頼った現在のやや頼りない検診で子供の結核退治をするより、感染源になっている高齢者発症の徹底した封じ込めをすることの方が最も理にかなった対策である。
なぜこの対策の中核となる結核入院施設が不足するのであろう。排菌者の隔離は最低の条件の筈である。奈良県になければ近県の余った施設を利用すればよい。そうだろうか。高齢者は入院しても絶えず家人の支援を必要とする。自宅の近くに越したことはない。なぜ奈良県では結核入院施設が不足しているのか。現在奈良県で認められている結核病床は国立病院機構奈良病院の一〇〇床のみである。平成二〇年の第十三回厚生科学審議会感染症分科会結核部会での議論の中で、現在日本には約一四〇〇〇床の結核病床があるとのことである。人口一万人当たり一床の計算になる。奈良県の人口であれば一〇〇床あれば良いことになる。更に東京都や群馬県は病床利用率が五〇%程度で、低いところでは福島県の一〇%以下、全国平均三〇%と報告している。全国平均では利用率が三割程度なのに、どうして奈良県は計算上充足している筈の結核病床が不足するのか。奈良県が飛び抜けて結核発症率が高いためか。確かに高いが大阪や東京に比べればまだ低い方である。ところが興味深いことに平成十六年のある調査では、奈良県の結核病床利用率は七四・五%で全国一位である。つまり病床は精一杯利用されていているのである。この事実から奈良県では、発症率の割には実質の病床数が不足しているのではないかと考えられる。東京都の場合、許可病床数は一五四九床であるのに対し、稼働病床数は一〇四五床という報告もある。つまり計算上充足しているはずであるが、実際に稼働している病床数は不足していると推測される。
なぜこのような事態になっているのか。結核の扱いは予防法が廃止され感染症法に統合された。このことが療養所を一般病院化し、入院日数の制限や経営上の不都合を増し、結核病床が急減した原因の一つであろう。しかし一方では平成十一年の緊急宣言のように我が国は中蔓延国であり、なお結核の蔓延の恐れが大きいと認識されている。このような状況において十分に患者を隔離する能力の欠如が生まれているのである。さらに患者を診療する医療従事者、なかでも若い医師、看護師は結核に免疫のない人達が多数を占めている。結核と戦う設備も戦力も弱体化している。これは非常に恐ろしい事態であると私は思う。小泉改革が医療崩壊の動きを加速した。セーフティネットの確保と口では唱えていたが、全く何の配慮も努力もしなかった。今その反省の上に方向転換がなされようとしている。奈良県は医療後進地域の見本とならないように、最大限の努力を払うべきである。県医師会はこの事態を真剣に受け止めなければ、医師の最も重要な国民の健康を守るという、重要な責任を放棄することになる。医師の国民に対する責任を背に、結核対策において積極的に提言して欲しい。
(十一月号県医師新報にも同時掲載)
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