平成22年4月 | ![]() |
医療政策と医療政治 |
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二月の会長協議会で奈良県保健医療計画(案)について報告がありました。総論に続いて第10章までの立派な文章で、特に現状の統計資料は貴重な情報源となる力作です。但しこの中で第7章の6節に結核対策の項が取り上げられていますが、内容は極めて希薄で通り一遍であります。私はかねてから奈良県の結核医療が貧弱であることを心配しておりました。奈良県の小児結核の発症率は国内でトップクラスです。子供の結核は大人からの伝染ですから、成人排菌者の療養管理が不十分なことが最大の原因と考えられます。今回の資料で見ても全国発症率は減少傾向を続けているのに、奈良県は直近で増加を示しました。このような危機的状況について県医師会でも検討していただくように要請しておりましたが、残念ながらこれまで何の回答もありませんでした。さらに今回の県当局が作成した計画案における結核対策の貧弱な内容についても、県医師会執行部は全く問題にされませんでした。二月の協議会でこの点を質問しましたところ、私個人が県にパブリックコメントを出せばよいとの返事でした。私は早速文章にして県に送りましたが本当にこれでよいのでしょうか。 同じ会長協議会で今回の新型インフルエンザワクチン配布に関する質問が出ました。接種最優先グループの中に医療従事者がもともと含まれていたはずなのに、実際の配布量は極めて不十分であった。今後このようなことが無いように、行政に申し入れするべきでないかとの趣旨の発言でした。これに対し理事会からは直接の回答はなく、むしろ医療機関のワクチン申請数量が杜撰なものであったとの発言がありました。もし豚インフルエンザではなく、鳥インフルエンザであったら医療者は本当に命がけで診療に当たらねばならなかったのです。当初はどんな危険なものか確たる知見は無かったのですから、これに立ち向かう医療者の安全は十分配慮されてしかるべきです。そうしないとパンデミックと戦う医療者はいなくなるでしょう。この問題の重要性が理解できていないのではないかと疑ってしまいます。 一方は国民病と言われた結核の再燃を抑える方策について真剣に問うているのです。もう一方は恐ろしい感染症と前線に立って戦う医療者の安全に関わる、行政の基本姿勢を問うているのです。この二つの問題は、いずれも医療政策の重要な課題であると思います。 同じ日に再診料に関する抗議文の提案がありました。勿論これは私たちの生活に関わる大変重要な問題であり、大いにやっていただきたいと思います。しかしこの問題は医療政策ではありません。準国家公務員の立場である私たち医師が、雇い主である政府と賃金交渉をやっているのだと考えます。つまり医師会には目の前に迫った利害のみに関心と力が注がれ、大局的観点から国家レベルでの医療政策を思索する意志が欠如していると訴えたいのです。超多忙なのは理解できますが、医療政治にばかり注目して、その基礎となる医療政策をじっくり考えることもきわめて大切です。 先日の会長選挙で立候補した藤本先生は、県医師会のやるべきこととして、三本の柱を提示されました。その中に医療政策を挙げて重要性を強調されました。先生の真意は分かりませんが、私はこれまで述べた意味で、藤本先生の意見に賛同します。県医師会は国や県の行政から出る指示、要請、諮問などに対応することで時間が尽くされ、ゆっくりと国の医療政策がどうあるべきかについて考える時間がないのではないか。無力な医師が何を提言しても無駄だと諦め、政府の方針を実行する機関が医師会であると割り切ることは誤りです。本当に医学的に見た医療のあるべき姿を医師側が提示しなくて、他に誰がするのか。経済的利害をひとまず横に置いて、科学的で公平な医療政策を医師以外に誰が提言できるのか。こう考えると、聖職という思いで集まって組織された知的集団の医師会こそ、医療に関する重大な責務を国民に対して負っています。私たちはこの責任を果たす努力を具体的な形で実現していかねばなりません。
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