平成22年8月

奈良県の救急医療事情について

奈良県で頭痛を訴えた産婦の受け入れ先が見つからず、手遅れになって亡くなった事例は既に古い話になってしまった。その後荒井奈良県知事は県立医大に総合周産期母子医療センターを新たにつくり、このような悲しい事例は起こっていない。しかし平成二十一年度救急搬送受け入れ実態調査では、重症以上で照会回数四回以上必要とした搬送件数比率は、全国平均が三・二%に対し奈良県は一一・八%と高率で全国最悪であった。その他現場滞在時間三十分以上、救急センター照会回数などいずれも最悪のレベルで事態は極めて深刻である。この原因分析によれば、病院側の受け入れ不能状態がより深刻化していることが第一の原因としてあげられる。さらに患者の病状に適切に対応できる病院の選定が難しい。対応する疾患別の病院リストの未整備や、現場で救急疾患名を判断する基準が不明確であることなども問題点としてあげられている。
そこで奈良県では消防署を軸として、このような点を解決するために協議会を立ち上げる事となった。この下部組織は各疾患群別と、搬送困難病態部会などで構成されている。併せて二十一年度消防法改正案が開示され、1.傷病者の状況に応じた適切な医療の提供が行われる医療機関リスト、2.消防機関が傷病者の状況を確認し搬送先医療機関を選定するためのルールの策定などが提案されている。つまり救急隊員は現場で患者の病状を把握し、適切な診断を下し、それに合致する医療を提供できる施設を選定し搬送するという考え方である。胸痛を突然訴える患者は心筋梗塞と考え、PCI治療の出来る施設に搬送することは極めて望ましい姿である。結果的に胸痛が自然気胸であっても非難するには当たらない。だが救急隊員が大方の例で正しい診断をし得るという前提に立って上記の提案がされている。
この前提には無理があると私は思う。医師が最低六年以上掛けて習得する診断能力を短期間に訓練された救急隊員が十分に身につけるとは考えられない。救急隊員に過剰な責任を転嫁する事になる。救急隊員は重症性、緊急性を判断することを最優先にし、兎に角早急に病院に搬送することが最大の使命であるとすべきである。救急医療の受け入れ体制の整備は困難だから、救急搬送の機能を改善しることでカバーしたいとの考えだろうが本質的な解決にはならない。特に高齢者の場合は救急患者は単一の疾患ではほとんど無い。後方支援病院を伴った救急救命センターの充実が根本的な解決策であると思う。重症救急患者のすべてを受け入れる救急救命センターがしっかり機能しておれば、救急隊員が疾患の診断をして適切な病院を探す必要が全くなくなる。それより如何に速やかに患者を治療可能な場所に搬送するかという救急隊本来の仕事に専念し、機能の向上に努めることが可能となる。私は上記の消防署改善策は差し当たっての応急措置として大きい意義があると認めるが、救急医療を考えるとき本末転倒の議論であり、救急患者受け入れ機能の充実が最優先されるべきと思う。



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