在宅緩和ケア③ ―お家の効用―

 人は、自分自身や家族や親しい間柄の人達の将来が見えず、心配や苦痛ばかりが続く人生には耐えられません。自分の生きた証の少しでもこの世に残せ、周りへの心配もなくなれば、意外と心安らかに人生の終着を迎えることができるように思われます。

 痛みや苦しみ、仕事や医療費、家族に関するさまざまな心配、そして、自分という「表すに表せない魂としての存在」に関する不安など、健常者には計り知れない負担が人生の終着に向かう療養者には覆い被さってきます。

 こうした身体的(フィジカル)・社会的(ソーシャル)・精神的(サイコロジカル)・霊魂的(スピリチュアル)な一切を含めた人ひとりとしての安心達成が、緩和ケアの目的です。その実践の場が「お家」というのが在宅緩和ケアです。

 お年寄りが肺炎を起こして入院したとします。よく起こるのが「せん妄(もう)」です。見えないものが見えたり、つじつまの合わないことを言ったり、夜中に急に起き上がって騒いだりする混乱状態が「せん妄」です。多くは一時的なもので、向精神薬治療などで落ち着くことが多いのですが、それをきっかけに、身体を使うことが少なくなって筋肉が弱り(廃用症候群:はいようしょうこうぐん)、寝たきりになることがあります。

 しかし、そうしたせん妄は、元の疾病が少し落ち着き、「お家」に帰ると、うそのように治まることがしばしばあります。入院に限りませんが、過剰な治療は、療養者をお家という「日常」から遠ざけてしまうのです。その日常を取り戻すことが、お薬以上の効果を出すわけです。お家が落ち着くのです。この事実は、とても大切です。