奈良県医師会 中矢雅治
日本では最近、「発達障がい」がメディアでも取りあげられることが多くなってきました。しかしながら発達障がいという言葉は、25年ほど前から徐々に世界では使われなくなってきました。日本ではまだ一般的に使われ続けていますが、現在の医学世界では「神経発達症」と呼ばれます。「障がい」とは言わず、個性の延長と考えられるようになりました。
生まれたばかりの赤ちゃんはまだ世の中のことを知りません。世の中とは文化や概念がある人間世界のことです。この世界を知るために、赤ちゃんは探索します。いろいろなものを見たり触ったり舐めたり投げたりするのもそのためです。そして周りの人たちと社会的に関わっていくようになります。世界をより深く知り、関わっていくこと。この2つが精神発達の基本軸となります。
赤ちゃんが育つためには、周囲の大人たちからのはたらきかけも不可欠です。しかし赤ちゃん側の能動的に関わる力が弱かったり、大人側の応える力が弱かったりすれば、世界は未知のままとなります。人は未知のものを恐れ、不安に思う性質があります。定型発達と呼ばれる子ども達は、いろいろなものに興味を示しますが、自分の関わりに対して反応してくれるヒトに、より強く興味を持つようになっていきます。一方、神経発達症の子供たちは関わる力が弱いため、よく変化するヒトには不安や恐怖が強くなり、いつも同じで安心できるモノに興味がいきやすくなります。すると周りのヒトとの感覚が共有されにくいため、平均化されずに独特な感覚のまま成長したり、社会の捉え方が独特で、いわゆるマイワールドになりやすくなる傾向があります。
社会性の発達は、認知の発達だけでなく遺伝的要因や環境要因など複数の要因が多岐にわたって関与するため、ほぼ正規分布に近い分布となります。正規分布とは、平均の近くが多く、平均から離れるほど少なくなる分布のことです。その裾野の低い分布に位置し、かつ社会生活を送るうえで困難さを伴う場合に神経発達症と診断しているわけです。定型発達との境目になるKY(空気読めない)と呼ばれる人との明確な線引きは難しいのですが、支援なしでは学校や社会で生活することが困難かどうかが一つの基準となっています。ただ、ここでいう診断とは他の病気の診断と大きく異なることも知っておかなければなりません。神経発達症は脳のMRI検査や遺伝子検査では分からないものがほとんどであり、発達の経過や現在の症状などで診断しています。病理診断などの裏付けがない診断であり、社会コミュニケーションが苦手という特性をもっていると言っているにすぎないわけです。早期の療育や適切な支援を受けるための通行手形のようなものと考えてもらう方がよいかもしれません。適切な支援を受けて社会とつながりを持ちつづけ、安心できる自分の居場所を持つことができれば、ゆっくりでも成長を促すことにつながります。人との関わりが苦手で孤立してしまう子はいますが、人間世界で生きている以上、心の底から孤立したいと思っている子はまずいません。神経発達症の子が自信を持って社会と関わりを持ち続けるためには、適切な支援と周囲の人の正しい理解が不可欠なのです。