ワクチンについて

奈良県医師会 笠原仁

 

前回は、新型コロナウイルス感染症の検査についてお話しさせていただきました。今回は、これも話題になっているワクチンについてお話ししたいと思います。ただ新型コロナ感染症のワクチンの開発状況については、日々、状況が変わっているため、今回は一般的なワクチンのお話をする中で、新型コロナウイルス感染症のワクチンの見通しについてお話ししたいと思います。

そもそもワクチンとは、人間の免疫に病原体を強く記憶させ、次にその病原体と接したときに感染しないよう、体が病原体を攻撃できるようにするものです。そのメカニズムを考えて、どのようなワクチンにするのか、ということを考えることから始まるわけです。そして実際にワクチンを作って、動物実験を行います。

しかし、ここからの治験に時間がかかります。動物実験でよくても、人間で大丈夫かどうかは分かりません。まず数十人の健康なボランティアの方で重篤な副作用が出ないかをみます。次に数百人規模でボランティアを募り、ここでは実際にその病気が流行っているところで接種を行い、効果があるかどうかを調べます。そこで一定の効果や重篤な副作用がなさそうであれば、流行地で数千人規模にワクチン投与を行います。そして、その結果を分析して承認されるかどうかが決まります。この期間を短縮しようとすると、治験をしながら発売をしていることと同じになってしまいます。過去、発売後に重篤な副作用が多数でたり、期待したほどの効果が出なかった、というワクチンは数多くあります。

この流れは治療に使うお薬と同じなのですが、ワクチンの場合は特に安全性が求められます。健康な人がワクチンを接種して体調を崩す、ひどい場合は死に至ったり、重篤な副作用が残ったりすると、接種しないほうがよかった、ということになりますので、安全性が強く求められるのは当然のことと言えるでしょう。

さて、ここでカンの良い方は気づいたかもしれません。そう、流行し続けていないと、治験はうまく進まないのです。まだ記憶に残っている方も多くいると思いますが、SARS(重症急性呼吸器症候群)はわずか4か月で終息してしまったため、ワクチンを開発しかけていた会社は一円も回収できずに開発を終えることになりました。

今回はたくさんの会社が開発に手を挙げているようです。そうすると治験に参加してくれる人の取り合いも起こり、ますます治験が進まなくなる可能性があります。先の見えないワクチンに期待するより、まずは「マスクの着用」、「手洗いや咳エチケット」、「三密を避ける」といった今、推奨されていること、やらなければならないことを着実に実行する、これが大切なことなのではないかと思います。(8月31日記)