奈良県医師会 水野崇志
下痢を経験したことがない人はほぼいないでしょう。例えば食べ過ぎたり、お酒を飲み過ぎたりした後に下痢になるのは誰もが経験したことがあると思います。一般的に下痢症とは便の水分が過剰になった状態のことで、その定義としては便の性状が軟便、又は水様便で1日に3回以上の排便を認める場合を指します。正常の状態では、口から摂取する水分や、体の中で分泌される消化液は、腸でその99%が吸収されます。よって少しそのバランスが崩れるだけで便中の水分は過多となり、下痢症状が容易に発症します。そういった意味では下痢を少し認めたからといって慌てる必要はないと言えます。
下痢の原因としては①腸の運動が活発となり、腸管を通過する時間が短くなり、水分の吸収が不十分となる ②腸液の分泌量が過剰となり水分量が増加する ③腸からの水分吸収が妨げられる 等が挙げられ、場合によってはそれらが組み合わさって生じます。下痢症状は短時間で経過する急性のものと、長時間症状が続く慢性のものがあります。
急性の下痢症のうち、発熱、血便、強い腹痛、脱水症状を伴うときには食中毒、感染症の可能性があり注意が必要です。感染の原因としてはサルモネラ等の細菌性、ノロ、ロタ等のウイルス性があり、細菌性のものは抗生剤の処方で効果が期待でき、ウイルス性のものは対症療法が中心となります。実際には便検査等を行わないと判別は困難ですが、便の色や性状で判別できることもありますので、便の観察をすることはとても重要です。一般的に数日で軽減しますが、脱水には最も注意が必要です。排便量が顕著に増加すると水分や、電解質の喪失が起こるため、経口補水液等による十分な水分摂取、場合によっては点滴等が必要となります。急性下痢症の薬としては、必要な場合の抗生剤を除けば、整腸剤、止瀉(ししゃ)剤が使用されます。止瀉剤は一般的に感染性下痢には使用しない方が良いことが多いのですが、あまりに下痢症状が激しく、脱水が心配されるときは適切に使用すれば有効です。
数週間下痢症状が改善しない慢性の下痢の場合は、詳しい精査が必要となります。感染症以外に大腸癌等の悪性疾患、潰瘍(かいよう)性大腸炎やクローン病のような炎症性腸疾患、ホルモンの異常等の可能性があるので注意が必要です。精査の結果、これらの疾患ではない場合は、普段使用している内服薬の副作用や、牛乳が原因となる乳糖不耐症、人工甘味料の摂りすぎ、小麦のグルテンアレルギー等も原因となることもあるため、使用している薬や食生活を見直すことも重要となります。検査をしても、生活を見直しても原因がわからない場合は、ストレス等が関係していると言われている過敏性腸症候群が考えられます。仕事や試験の前、通勤や通学で電車に乗った時や人に会う前に急におなかの調子が悪くなる場合は、その可能性があります。慢性の下痢症の治療は、原疾患がある場合はその治療を行い、食事、ストレス等が原因であればその改善になりますが、手助けとして整腸剤や止瀉剤、その他の薬剤使用が有効となることも多いです。
このように様々な原因で下痢症状は認められます。最近では新型コロナ感染症でも下痢症状が出現することがあるため過敏になりがちですが、急性の下痢症の場合、先に挙げた発熱、脱水等の強い症状を伴わない場合は数日で軽減することが多いので、まずは食事療養や体を休めて経過観察してください。強い症状を伴う時や、慢性の下痢症の時は受診をして適切な対応を受けるようにしてください。