奈良県医師会 平田 直也
前立腺の名称の由来を調べてみました。戦後日本解剖学会がヨーロッパの医学書の「膀胱の前に存在する」との意を邦訳したものだそうです。前立腺は子孫繁栄を担う大切な臓器なのに散文的な語源だなと少しガッカリしました。それ以前は摂護腺(せつごせん)と言われており、その起源は江戸時代の「解体新書」に遡ります。尿の毒から精子を守る意味だと言われています。こちらの方が歴史的趣きありですね。
前立腺がんは世界的にみると非常に発生頻度の高い疾患で、黒人・白人に発生頻度が高くアメリカにおいては男性罹患率1位、死亡数は2位と最も多いがんの一つとされています。
日本において、以前はあまり多いがんではありませんでした。ところが近年の増加が著しく、2020年国立がん研究センターの統計予測では男性における罹患数は胃がん・肺がん・大腸がんをおさえ1位になるとされています。死亡数こそ6位ですが、年平均14700人、2000年時と比較して約1.8倍になると予想されています。60歳以上に多く見られ、80才以上では半数以上に潜在性の前立腺がんはあると言われています。増加の原因としては、日本人の高齢化によるところが多いと考えられますが、その他、食生活の欧米化(動物性脂肪が多い)や、腫瘍マーカー(PSA検査)の普及で発見しやすくなったことが挙げられます。
前立腺がんの増加は悩ましい事ですが、悪い事ばかりではありません。増加により関心が高まり新しい手術方法や放射線治療、ホルモン剤や抗がん剤の新薬が次々と開発されています。最新手術はロボット支援腹腔鏡下手術です。前立腺は膀胱の下で骨盤の底に存在し、手術の際視野を確保するのが難しい臓器です。腹腔鏡下手術は視野が確保され安全且つ正確に行う事ができます。術創も小さく回復が早い上に出血量も少ない、術後の尿失禁や男性機能の保持・回復が早いとされています。放射線治療も外部照射療法・組織内照射療法・粒子線治療と選択肢が増えています。2014年からロボット支援手術が、2018年からは粒子線治療も保険適応となり、経済的にも安心できる状況となりました。進行がんや再発例・ホルモン抵抗性の患者の治療に関しても、従来の薬物よりも強力な効果の期待できる新薬が開発されています。
このように治療の選択肢は増えていますが、全ての状況の患者が自由に治療を選択出来るわけではありません。発見が遅れ転移がある進行がんでは手術は出来ません。初期には症状はなく、症状が出た時には進行している事が多いものです。是非定期的に検診を受けてください。またリスクの無い治療はありません。それぞれの治療には、長所と短所があります。まずは検診を受け、なるべく早期に発見することです。診断がつけば、担当の先生から治療の長所・短所の説明を十分受け、ご自身で検討した上で考え方やライフスタイルにあった治療を選択し、納得して治療を受けましょう。それが前立腺がんとの正しい向き合い方だと思われます。