奈良県医師会 山下圭造
年齢とともに細かい文字が読みづらくなるなど、視力の衰えから「私も年を取ったなあ」と感じる人は多いのではないでしょうか。目は最もよく使う感覚器官なので敏感に自覚し、日常的に不便さを感じるために眼鏡を購入するなどの対応をとっている人が多いと思います。
血圧も40歳台頃から上昇し始め、男性では50歳台、女性では60歳台になると半数以上の人が高血圧になると報告されていますが、自覚症状が少ないため対策を取らずに放置していることが多いのです。
高血圧患者数は約4300万人と推測され、我が国において最も多い生活習慣病ですが、良好な血圧管理をされている方は1200万人に留まっています。高血圧を原因とする脳心血管病死亡者数は年間約10万人に及び、さらには認知症や脳卒中を招くため要介護状態となる大きな原因にもなっており、健康寿命延伸のためには十分な高血圧対策が欠かせません。
「イナーシャ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「イナーシャ」は「慣性・惰性」と訳され、高血圧に当てはめると、血圧が高いにもかかわらず適切な治療を開始しない、治療開始を伝えられているのに守らない、または治療効果が達成されていないのに修正しないなどの状態を指します。高血圧の診療に携わる医師が診療の指針としている「高血圧治療ガイドライン」の最新版で、不十分な血圧管理が継続している要因として紹介されました。
「イナーシャ」には医療提供側、患者側、雑誌やインターネットに氾濫する医療情報など多くの因子が関与すると言われています。
「そこまで辛抱して長生きしたくはないんです」
「飲んではいけない薬として掲載されていました」
「血圧が高い時だけ薬を飲んで、低い時には休んでいます」
「薬はしっかり飲んでいますから薬だけください」などは、受付窓口や診察室でよく聞かれる会話です。
薬の服用や厳しい生活制限、定期的な通院や長い待ち時間を避けたい患者側。かかりつけの患者さんにあまり厳しいことも言い難く、多忙な診察時間に十分な説得時間が取りにくい医療提供側。その結果「もう少し様子を見ましょう」となることが多いように思います。むしろAIが医療を支配する時代には「イナーシャ」は死語になるのかもしれません。
最近、連日のように大きな災害や事故が報道され、その際にしばしば「以前から危険性が指摘されていたのに・・・」や「前もって早め早めの対応をお願いします」などのコメントを耳にします。高血圧は自覚症状も少なく、何の不具合も感じないかも知れませんが、様子を見るのではなく、しっかりとコントロールしていきましょう(合併症のない方に対する高血圧の基準と降圧目標を参考にしてください)。
診察室血圧
(mmHg) |
家庭血圧
(mmHg) |
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高血圧の基準 | ≧ 140/90 | ≧ 135/85 |
75歳未満の降圧目標 | < 130/80 | < 125/75 |
75歳以上の降圧目標 | < 140/90 | < 135/85 |