奈良県医師会 久保良一
奈良県は山間部が多い県ですが、近年、地球温暖化や林業の衰退、 山間部地域の過疎•高齢化などにより、里山の森林環境が悪化しています。その結果、鹿やイノシシなどの野生動物が増加し、林業や農作物への害獣被害が増大し、大きな社会問題となっています。
そして野生動物から血を吸って生きているマダニ類も、春から秋にその活動範囲を身近な里山まで広げ、林業•農作業やレジャーなどでマダニの生息場所に入ると、その結果マダニに刺される人が増えています。
マダニはウイルスなどの病原体を持っていることがあり、咬(か)まれると「マダニ媒介感染症」といわれる病気になる事があり、近年、患者数や発症地域が全国に広がる傾向にあります。
マダニ媒介感染症には、国内では主に「日本紅斑熱」、「つつが虫病」や「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」といわれる病気があります。
日本紅斑熱は、リケッチアと呼ばれる病原体を持つマダニに咬まれて発症します。潜伏期間は2〜8日で、症状として頭痛、発熱、特徴的な皮膚にマダニに刺された刺しロがあり、全身、特に四肢に紅色の発疹が出現します。重症になると、肺炎や脳炎を起こします。
つつが虫病の原因もリケッチアで、潜伏期間は5〜14日で39°C以上の高熱が出現し、主に体中心に発疹が現れ、同じく刺しロが見られます。
両者とも診断は症状や刺しロを参考にして血液血清診断を行い、治療としてテトラサイクリン系の抗菌剤を投与しますが、早期治療が重要です。
一方、近年特に問題となっているのは、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)で、平成25(2013)年に山口県で初めて確認された、マダ二に咬まれて起こる新興ウイルス感染症です。
当初は西日本中心に報告されていましたが、最近は関東でも発生するようになりました。全国の年間患者は約60〜100人で、令和3(2021)年7月まで計641人の方が発症しています。
また、マダニのSFTSの原因になるウイルス保有率は地域により異なりますが、約5〜15%で効果的な感染予防対策の啓発を行うことが重要です。
SFTSの潜伏期間は6〜14日で、主な症状は発熱と消化器症状の吐き気、嘔吐(おうと)、腹痛、下痢、血便などで、時に筋肉痛、神経症状、リンパ節の腫(は)れ、出血症状が現れ、また検査では血小板の減少や血液生化学異常が認められます。治療は対症療法しかなく、患者さんの6〜30%が亡くなる怖い病気で、高齢者ほど致死率が高くなります。
マダニ媒介感染症は家庭内のダニからは感染せず、山野に生息し、体内に病原体を持っているマダニに咬まれた場合にのみ発症しますが、しかしまれにペットが山野からマダニを家に持ち帰り、人が咬まれ発症した例があります。
発症しないためにもマダニに咬まれない対策が重要です。マダニは春から秋にかけて活発に活動します。春から秋にマダニが生息する草むらや薮に立ち入る際には、咬まれないために肌の露出を最小限にすることが大切です。
首にはタオルを巻き、帽子、手袋、長袖•長ズボンを着用し、足を十分覆う靴を履き、マダニが付いているかどうか判る明るい色の服を選びましょう。また、マダニに効果がある市販の虫除け剤もあり、使用することをお勧めします。
そして山野での仕事・活動後には、肌が露出した個所や頭、わきの下、下肢などマダニに咬まれていないか確認をしてください。
マダニが咬みキバで皮膚に付着すると、長時間、血を吸い続け体が大きくふくれますが、咬まれた事に気が付かない時もあります。
マダニを自分で引き取ろうとすると、キバが残ったり病原体が体内に入り易くなるため、自分で取らず、皮膚科など医療機関を受診し処置を受けてください。
全てのマダニが病気を起こす病原体を持っているのではなく、マダニに咬まれたら全ての方が感染症になるわけではありません。
しかし、マダニに咬まれた後は、数週間は体調変化に注意して、発熱などの症状があれば、早期に医療機関を受診し、マダニに咬まれた事を担当医にお話しください。
SFTSは致死率が高いこともあり、特に春から秋にかけては野外作業やレジャーなどで、マダニに咬まれないよう十分に注意しましょう。