奈良県医師会 溝上晴久
過敏性腸症候群とは、通常の検査では異常がないにもかかわらず、下痢や便秘、腹痛などを慢性的に繰り返す病気です。20~40代に好発し、日本人の約1割がこの病気といわれています。
「下痢型」は男性に多く、「便秘型」「混合型(下痢と便秘を繰り返す)」は女性に多い傾向にあります。
はっきりとした発症原因は不明ですが、“脳腸相関”の異常が発症に関与していることは分かっています。脳から腸に向かう信号、そして腸から脳に向かう信号はお互いに影響を及ぼしており、そのバランス関係を脳腸相関と言います。
過敏性腸症候群の患者さんは、その両方向での信号が強くなっています。そのため、様々なストレスが加わることで腸の動きに異常が生じやすく、下痢や便秘を起こしてしまいます。
また、腸が様々な刺激に対して知覚過敏状態になっており、普通の人なら感じない腸蠕動(ちょうぜんどう)運動や腸内ガス貯留などに対して、腹痛や強い腹部膨満(ぼうまん)感が生じやすくなっています。
特徴として、寝ている時に症状が出ることはまれで、リラックスした休日なども症状が軽減傾向にあり、ストレスなどの心理的要因が最も大きく関与していると考えられています。
普段の診療では特別な検査をしないまま、腹痛や便通異常などの問診のみで治療が開始となることも少なくありません。しかし、確定診断するためには、同様の症状を来す疾患がないかを調べる必要があります。
最初にすべきは大腸検査です。大腸内視鏡検査や大腸CT検査などで、大腸がん、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)などがないかを調べます。
次に甲状腺機能異常症、糖尿病性神経障害、膵(すい)臓疾患、寄生虫疾患なども否定する必要があります。そのため血液検査、便検査、尿検査、腹部超音波検査や腹部CT検査などを行います。
治療としては、「生活習慣の改善」が一番大事です。心理的ストレス、過度の飲酒、偏食や早食い、睡眠不足、運動不足など生活習慣の乱れが発症や悪化に大きく関わっていると考えられています。
その次に「食事療法」が大切です。高脂質食、カフェイン類、香辛料を多く含む食品、人工甘味料、乳製品(乳糖不耐症の方)などは増悪因子となるので控えるのが望ましいです。
最後に「薬物療法」ですが、排便状態により治療薬は変わります。「下痢型」には、メペンゾラート臭化物、ラモセトロン塩酸塩などの薬が効果的です。「便秘型」には、ルビプロストン、エロビキシバット水和物などの慢性便秘症薬やリナクロチド、漢方薬の桂枝加芍薬大黄湯(ケイシカシャクヤクダイオウトウ)などが効果的です。
下痢型・便秘型のどちらにも使える薬として、ポリカルボフィルカルシウム、ビフィズス菌などの活性生菌製剤、漢方薬の桂枝加芍薬湯などがあります。不安感が強い方には、抗不安薬が効果的な場合もあります。
薬が著効する場合もありますが、過敏性腸症候群の多くの方は症状を完全に取ることは難しいようです。予後のよい良性疾患であるので完全に治そうとするのではなく、生活習慣の改善を中心に、症状をコントロールするように心がけることが大切です。
過敏性腸症候群の症状でお悩みの方は、一度消化器内科で相談されることをお勧めします。