健康寿命を延ばすためには? <ヒポクラテスが説いた「歩く」ことの価値>

高齢者診療における整形外科の役割

 奈良県医師会 佐本憲宏

(国保中央病院 院長)

  日本は世界でも類を見ない速さで高齢化が進み、多くの人が長い高齢期を過ごす社会となっています。その中で、高齢者ができるだけ自立した生活を続け、安心して暮らせるよう支える医療の重要性は年々高まっています。

病気を治すことだけでなく、日常生活を支えることも医療の大きな目的であり、特に整形外科は高齢者医療の基盤を支える役割を担っています。

 整形外科は、骨や関節、筋肉、靱帯(じんたい)といった体を動かすために欠かせない運動器を専門とする診療科です。

ここで注目されるのが、日本整形外科学会が2007年から提唱してきた「ロコモティブシンドローム」、通称ロコモです。ロコモとは、運動器の障害によって将来的に要介護になるリスクが高い状態を指す概念で、筋力低下や関節の動きの制限、骨や脊椎(せきつい)の問題などが原因で起こります。

歩行能力の低下はロコモの典型的な症状であり、放置すると日常生活の自立が失われるリスクが高まり、そのため、高齢者がロコモにならないよう予防することは、健康寿命を延ばすうえで極めて重要であるわけです。

 整形外科では、ロコモ予防の観点からも薬物療法や注射、手術に加えてリハビリテーションや運動療法を重視しています。痛みを和らげ、関節や筋肉を正しく使えるように訓練することで、歩行能力を維持・回復することが可能になり、日常生活での簡単な運動、例えば階段の上り下りやスクワット、バランス運動なども、筋力維持や転倒予防に大きな効果があります。

 古代ギリシャの医師ヒポクラテスが「歩くことは人間にとって最良の薬である」と言ったのは広く知られています。この言葉は医療技術が進歩した現代においても、なお大きな意味を持っており、歩くことは筋力や関節の柔軟性を保ち、心臓や肺の働きを高め血液の流れを良くする効果があります。また、外に出て歩くことで季節の変化を感じ、景色を楽しみ、人と出会う機会が生まれることは、気分転換や心の安定にもつながり、この気持ちが向上意欲を高めていることも確かであります。

 しかし高齢になると、変形性膝(ひざ)関節症や股(こ)関節の病気、腰や背骨の疾患、骨粗鬆(しょう)症による骨折などによって、歩くことが難しくなる場合が増え、痛みや不安から動くことを避けるようになると、筋力や体力は急速に衰えてしまいます。

その結果、転びやすくなり、外出を控えて家に閉じこもるようになる悪循環に陥ることも少なくありません。歩行能力の低下は身体的な問題だけにとどまらず、精神面や社会生活にも影響を及ぼします。外出や人との交流が減ることで、意欲の低下や認知機能の衰えにつながる場合もあります。これが実は運動器の能力を大きく後退する要素となります。

 整形外科では、薬物療法や注射、手術による治療に加え、リハビリテーションを通じて歩行能力の維持や回復を目指し、痛みを和らげ、正しい姿勢や歩き方を身につけることで、安全に体を動かすことが可能となります。

無理のない運動を継続することは、再び歩く力を取り戻すだけでなく、将来の転倒や要介護状態を防ぐことにもつながるわけです。

 高齢者医療において重要なのは、病気や症状だけを治すことだけではなく、その人がどのような生活を送りたいかを考えることであり、自分の足で歩き、行きたい場所へ行けることは生活の自由度を高め、生きる意欲を支える大きな力となります。

整形外科は、そうした生活を支える医療を実現する上で欠かせない存在であります。

 ヒポクラテスの言葉が示すように、歩くことは特別な道具や費用を必要とせず誰もが日常で実践できる最も身近で効果的な健康法であり、整形外科と高齢者医療が連携し、高齢者が生涯にわたって歩き続けられるよう支えていくことは、健康寿命を延ばし安心して年を重ねられる社会を築くための大切な取り組みと考えられます。