エコノミークラス症候群

奈良県医師会 植山 正邦

 飛行機に乗って水分を摂(と)らずに乾燥した室内で長時間席を立たない状況で、立ち上がり、歩き始めてトイレに行かれた際に、突然胸の痛みを訴えられる、肺血栓塞栓症(はいけっせんそくせんしょう)と呼ばれる病気をエコノミークラス症候群といいます。エコノミークラスだけでなく、同じような状況でビジネスクラスでも、またバス、列車、船での長距離旅行中でも起こり、旅行者血栓症とも呼ばれています。

 この病気は主に足の深い所の静脈にできた血の塊(血栓)が剥(は)がれて肺で捉えられ、肺の血流障害のために酸素交換が出来なくなり、急な酸素欠乏(けつぼう)に陥って発症します。胸痛、呼吸困難が主な症状ですが、程度により、頻呼吸(ひんこきゅう)、頻脈(ひんみゃく)、動悸(どうき)、咳、血痰(けったん)、冷や汗、不安感を訴えられる方から、チアノーゼ、ショック、失神、突然死を起こされる方まであり、厄介なことにこの病気特有の症状はありません。

 以前は、特別な病気の方や手術後の患者さん以外では、日本人には起こり難いと云われていました。私が学生時代には、米国の真っ直ぐな道を走り続けるオートマチックトランスミッション付き長距離トラックのドライバーの左足にできた血栓によって引き起こされる肺血栓梗塞症が多い、とも教えられました。しかし近年、食事や生活環境の欧米化と、この病気が広く認知されるようになったために、わが国での発生件数が増えています。また新潟県中越地震では、自動車の中で避難生活をされていた方に起こり、避難所での健診が実施されました。太ももやふくらはぎの痛みを伴う固いむくみが、原因となる静脈血栓症の特徴で、超音波検査で見つかるケースもあります。

 治療はすぐに入院をしていただき、血の塊を溶かす薬、血液を固まり難くする薬を使い、場合によってはカテーテル治療を行い、更に血管の中にフィルターを入れます。

 しかし命に係わる病気ですので、予防がとても大切です。機内では、長時間にわたり同じ姿勢を取らない、着席中も時々足を動かす、脱水にならないように水分をしっかり摂る、ビールやお酒、コーヒー等は利尿作用がありますので出来るだけ控える様に心掛けてください。