奈良県医師会 中井 真人
ある日突然、片方の手足が動かなくなる、話ができなくなる脳卒中(のうそっちゅう)という病気は、一度かかったら治ることはなく、命の危険もあるとても怖い病気のひとつです。最近では、血栓溶解療法(t―PA療法)などの新しい治療法や、集中的にリハビリを行う回復期リハビリが始まり、以前よりは改善が得られていますが、しかしながら未だ多くの患者さんが後遺症に悩まされています。
後遺症のひとつに、痙縮(けいしゅく)というものがあります。手足の筋肉が固くなってしまい、手や肘が開かない、足がしっかり地面につかない、などの症状がみられることがあります。以前はあまり有効な治療法がなかったのですが、平成22年に厚生労働省が痙縮に対してボツリヌス療法を用いることを認め、それ以降、痙縮の治療として使われています。
ボツリヌス療法とは、食中毒の原因の一つであるボツリヌス菌が出す毒素を直接筋肉に注射する方法です。非常に強い毒素で、中毒になると死亡することもあるほどですが、その用量・用法をきちんと定めて使うことで、治療として用いることができるようになりました。注射することで筋肉を動かす神経の働きをおさえ、固くなった筋肉を柔らかくさせる効果があります。
「脳梗塞(のうこうそく)の麻痺(まひ)が治る」ものではありません。このボツリヌス治療は、あくまで筋肉を柔らかくするだけで、動きそのものの改善にはリハビリが必要です。
痙縮に悩む方にお勧めする治療なのですが、注意点が二つあります。ひとつは、効果が3~4か月しかもたないので、定期的に注射する必要があることです。もう一つは、注射薬が高価であるということです。保険はききますが一回数万円することもあります。身体障害の手帳をお持ちの方は、自治体によっては医療費の減免措置があり、あまり費用がかからずにできる場合もあります。
ボツリヌス治療はどの医師でもできるものではなく、定められた講習を受けた医師のみできるものです。県内の医療機関でも行っているところがいくつかありますので、もし治療をご検討される方は、まずはかかりつけの医師にご相談ください。