「急なもの忘れ」は「認知症」ではない!

奈良県医師会 松村 榮久

 もの忘れの病気で典型的なものはアルツハイマー型認知症です。物忘れが年単位でゆっくり進み、発病時期がはっきりしないのが特徴の一つです。ご家族に「もの忘れはいつからですか?」とたずねると、ある家族は「1年位前かしら」別の家族は「2年位前から同じ事ばかり言って変だなあと思っていた」と言われたりします。それにひきかえ「うちのおじいちゃん、ここ2日間で急にボケたみたいなんです」という場合、これは認知症ではありません。せん妄(せんもう)という身体疾患(意識障害)です。

 せん妄には興奮するタイプのせん妄と、静かなタイプのせん妄の二つがあります。前者の典型的なケースは次のようです。

 『80歳男性が肺炎で入院。昼はなんともなかったのに夜になると大声を出す。点滴を外そうとしたり病室から廊下に出ようとする。部屋の隅に友達が来て立っているとか天井に虫が這っているなど言い出す。病棟から家族に電話が入り、困りますので何とかしてくださいと夜間付き添いを依頼される』

 どこかで聞いたことがありませんか。非常に目立つので見逃されることはありません。それに対して静かなタイプのせん妄は次のようなケースです。

 『80歳女性、もともと寝たり起きたりの生活。一昨日から声をかけても的はずれの返事をするし、足腰が弱って立つのもやっとだし、尿を漏らしてしまうし、急にボケたみたいなんです』

 これらはせん妄と言い、認知症ではなく意識障害の一種です。決して「急な認知症」ではありません。そもそもアルツハイマー型認知症が急速に進むことなどないのです。せん妄は身体疾患による意識障害の一種です。「なんかおかしい」「急にボケた」「急に認知症が進んだ」などと言われます。せん妄になりやすいのは、高齢者で少し認知症が始まっていたり、ふだんの生活で介護を要する方です。誘因として、肺炎などの感染症(しばしば発熱に気がついていない)、脱水、外傷(しばしば外傷自体を覚えていない、痛みを訴えない)、睡眠剤、安定剤、その他の薬(かぜ薬、かゆみ止め、痛み止めなど)の作用、アルコール、逆に大酒家の急な禁酒のとき、ビタミンB1欠乏症などが挙げられます。糖尿病の人では高血糖あるいは低血糖が原因となることもあります。しばしば、入院や入所などの環境の変化がきっかけになります。
 症状は日内変動があり、夜に目立つが昼は症状が軽いことが多いものです。そのため、昼間に来た見舞客や友人には「案外しっかりしているじゃない」と言われたりします。「急なもの忘れ?」と思ったらそれはせん妄かも知れません。興奮するタイプのせん妄が見逃されることはありませんが、静かなタイプのせん妄は気づかれにくく「もの忘れは仕方がない」とされてしまいかねません。せん妄はすぐにでも治療が必要な急性の身体疾患です。早急に医療機関にご相談ください。