奈良県医師会 井上 孝文
実は、甲状腺の病気は珍しいものではありません。例えば慢性甲状腺炎という病気は、成人女性の10人に1人が罹患(りかん)しているとさえ言われています。ただ、甲状腺の病気の症状は一般的に目立たないものが多いので、自覚症状があってもただの体調不良だと考えたり、そのうちに治るだろうと考えて医療機関を受診しなかったりする場合が多いのではないかと思います。また、受診したとしても病気が見逃されている場合もあるかもしれません。 体調がすぐれない時に、「食欲がないけど胃腸が弱っているのかな…」「動悸(どうき)がするけど心臓に問題があるのかしら…」など、どこか特定の臓器が悪いのではないかと心配になることは、誰でも経験があると思います。しかし、体調不良の時に、「甲状腺が悪いのかなあ…」と考える人はほとんどいないのではないでしょうか。それは甲状腺が体のどこにあってどんな働きをしているのか、一般の方にはなじみが無いからだと思います。あるいは、甲状腺についての知識があっても、体調不良と甲状腺の病気とを結び付けて考えることが難しいからかもしれません。
さて、甲状腺とはいったい体のどこにあるのでしょうか。甲状腺は、のどぼとけの下で気管の前に張り付くように存在しています。重さが15g程度の小さな臓器で、蝶が羽を広げたような形をしています。健常な甲状腺は平坦でやわらかいので、見ても触ってもその存在はほとんどわかりませんが、炎症を起こしたり腫瘍(しゅよう)ができたりすると腫(は)れているのがわかるようになります。
甲状腺は甲状腺ホルモンをつくる大切な臓器です。食べ物に含まれるヨウ素(ヨード)が甲状腺に取り込まれると、それを材料に甲状腺ホルモンが作られます。甲状腺ホルモンは全身の諸臓器に働きかけて体の成長・発育にかかわったり、エネルギー代謝や循環器系の調節にも関与しています。甲状腺ホルモンが過剰に分泌されると、代謝が活発になり、脈が速くなって心臓がどきどきしたり、暑くもないのに汗がだらだら出たり、しっかり食べているのに体重が減ったりすることがあります。誰でも運動している時は、脈が増えたり体温が上がって汗が出たりしますが、甲状腺ホルモンが多く出すぎると、まるで四六時中運動しているような状態になります。想像するだけで疲れてしまいそうですね。
逆に甲状腺ホルモンが不足すると、代謝が低下して寒がりになります。脈拍がゆっくりになり、汗が出なくて皮膚が乾燥します。さらに、体重が増加してむくみが出やすくなり、胃腸の動きも悪くなるので便秘しやすくなります。また、血液中のコレステロール濃度が高くなることが多く、このことがきっかけとなって病気が見つかることもあります。元気がなくて疲れやすく、思考力が低下する場合もあるので、うつ病や更年期障害、認知症などと間違われることもあります。
体調がすぐれない時は、「もしかして甲状腺が…?」と疑ってみてください。甲状腺ホルモンの濃度は簡単に測定できますので、かかりつけ医にご相談ください。