大動脈解離

 県医師会    植山 正邦

 大動脈解離は命に関わる恐ろしい病気で、多くは高血圧や動脈硬化のある方に発症し、外傷や先天性のマルファン症候群でも起こります。患者数は年間3万人に1人で近年増加傾向にあり、決して稀な病気ではありません。

 心臓からの血液を全身に送り出す大動脈は心臓を出て胸の中を上向きに走り:上行(じょうこう)大動脈、頭部や両腕への枝を出しながらUターンし:弓部(きゅうぶ)大動脈、背中側を下向きに走り:下行(かこう)大動脈、横隔膜を通って腹部大動脈になります。

 大動脈の壁は血圧に耐えられるように内膜、中膜、外膜の3層で構成され十分な強さを持っていますが、内膜に動脈硬化等で傷が出来て亀裂が入ると、動脈壁内に血液が流れ込んで中膜が縦方向に裂けてしまうことがあります。これが大動脈解離で、主に上行、弓部、下行の胸部大動脈で起こります。本来の大動脈の内腔(ないくう)を真腔(しんくう)、解離した部分を偽腔(ぎくう)と呼び、偽腔が外側に向かってこぶ状に膨らんだものを解離性大動脈瘤(かいりせいだいどうみゃくりゅう)と呼ばれています。膨らんだ偽腔の片側は外膜1層のみですので血圧に耐えきれず破裂することがあり、また偽腔が真腔を圧迫したり大動脈から分かれる血管に解離が及ぶと、主要な臓器に十分な血液を送れなくなります。

 症状は突然に起こる胸や背中の経験したことのない激しい痛みで、解離が進行すると胸から背中、腰、脚へと移動し、意識消失、腹痛、下血等が見られ、ショック状態になったり、死に至る場合もあります。

 レントゲン、心電図、超音波、CT検査で迅速な診断を行い、入院して安静の上、厳重な血圧管理が必要です。

 大動脈解離は裂ける所により2つに分類されます。上行大動脈が裂けるタイプはスタンフォードA型といわれ、破裂しやすく重大な合併症による死亡リスクが高いために殆どの場合、手術が必要です。心臓に解離が及ぶと心臓弁膜症や心臓の周囲に血液が貯まる心タンポナーデになり、心不全が起こり、また弓部大動脈に解離が及ぶと脳への血行障害のために片麻痺(へんまひ:片側の手足の麻痺)や意識障害が起こります。一方、下行大動脈が裂けるB型も破裂の兆候が見られたり、腹部臓器や下肢の血行障害があれば手術が必要です。

 解離性大動脈瘤の手術は解離した部分を人工血管に置き換えます。全身麻酔で胸を開いて、患部の血流を迂回するために体外循環(たいがいじゅんかん)という大掛かりな装置が必要で、特にA型は緊急手術が多いことから、かなりのリスクを伴います。最近はB型や慢性期の手術に、折りたたんだ人工血管(ステントグラフト)をカテーテルに載せて、脚の付け根の血管から挿入し、解離した大動脈の真腔内に留置するEVARと呼ばれる方法があり、患者さんへの侵襲(しんしゅう)が少ないため、行われるようになってきています。

 高血圧の方は秋から冬になり、気温が下がると血圧が高くなりますので要注意です。