鉄欠乏性貧血について

県医師会    井上 孝文

 〝貧血〟と聞いて皆さんはどういう状況を頭に思い浮かべますか。学校の朝礼で気分が悪くなって倒れる生徒さんや、体調の悪い時に熱い風呂に長く入ってフラフラするような場面を想像される方が多いのではないでしょうか。これらはいわゆる〝脳貧血〟という状態で、脳の血流量が一時的に低下したことによっておこる症状です。

 しかし、私たち医療関係者が貧血という言葉を使う場合には、血液中の赤血球数やヘモグロビン(血色素)濃度が減少した状態、つまり〝血がうすい〟ことを意味して使うことが多いのです。
 ですから、同じ貧血という言葉でも誤解が生じないよう注意する必要があると思います。ちなみに、血がうすくない人(貧血がない人)でも、体調次第で脳貧血を起こすことはあります。

 では、血がうすくなる〝貧血〟について話を進めたいと思います。貧血にはいろいろな原因がありますが、その中でも鉄の不足が原因でおこる鉄欠乏性貧血の頻度が最も高いと考えられています。女性に多く、わが国での調査によると、月経のある成人女性における罹患率が10~20%程度とされています。

 特に女性に多いのは、通常の月経による影響はもちろんのこと、子宮筋腫などの疾患に基づく月経過多、妊娠に伴う鉄需要の増大など、産科・婦人科関連の理由によるところが大きいと思います。

 また、男女共通の原因としては、胃潰瘍など消化管からの出血に注意が必要です。特に中高年の方では、胃がんや大腸がんなど消化器系の悪性疾患が隠れていないか精査が必要になってきます。このように、鉄欠乏性貧血がみられた場合は、なぜ鉄が欠乏しているのか考え、何か他の病気が潜んでいないか良く調べる必要があります。

 貧血の一般的な症状として、動悸・息切れ・易疲労感・頭痛・立ちくらみなどが挙げられますが、貧血が徐々に進行した場合にはこれらの自覚症状が現れにくいので、本人が貧血の存在に気付かないこともあります。

 その他、鉄欠乏性貧血に特有の症状・徴候として、舌炎(舌が赤くなって痛む)、口角炎(口の端の部分が切れて痛む)、嚥下障害(物が飲み込みにくい)、スプーン状爪(爪の中央部がへこんでスプーン状に反り返る)、異食症(氷などを無性に食べたくなる)などがよく知られており、これらの症状・徴候がきっかけとなって病気が見つかることもあります。

 治療は、原因となっている病気があればその治療をすることが基本となります。そして鉄分を補充するために食事療法や鉄剤の投与が行われます。

 食事に関しては、鉄含有量の多い食品(肉類、カツオ、マグロ、ひじき、ほうれん草など)や鉄の吸収に不可欠なビタミンCをバランスよく摂取する工夫が大切です。鉄剤は内服治療が原則ですが、消化器症状が強く出てしまう人は鉄剤を静脈注射で投与します。

 貧血が改善したからといってすぐに鉄剤投与をやめてしまうと貧血が再発しやすいので、鉄が体に十分蓄えられるまで治療を続けることが大切です。