奈良県医師会 森岡 敏一
最近、「エコノミークラス症候群」や「旅行者血栓(けっせん)症」という言葉が、新聞やテレビでよく聴かれるようになりました。これは飛行機などの乗り物で移動する際、長時間動かずに座っていることが原因で、足の静脈の中で血の塊(かたまり)である血栓ができ、これが静脈の壁(かべ)からはがれ、血液の流れで運ばれて肺動脈につまることで発症する、非常に死亡率の高い恐ろしい病気です。
実は、この病気はずっと以前から知られており、普段の生活の中でも発症することが多いのです。正確には「肺動脈血栓塞栓症(はいどうみゃくけっせんそくせんしょう)」と言い、以下「肺塞栓症」)と略します。
血栓で肺の動脈が根元で完全につまれば、肺に血液が流れなくなり、血液中の酸素濃度が急激に低下して、いきなり胸痛、呼吸困難が起こります。そしてすぐに意識がなくなって、まもなく心臓が停止し、そのまま死亡することになります。病院に運ばれても到着時にすでに死亡しているような急死の症例の中には、この肺塞栓症の人が少なからず含まれています。
ただ、肺塞栓症の全ての例が、このように急死するわけではありません。肺の動脈はまず左右二本に分かれ、その後も次々に枝分かれして、先に行くほど細くなります。小さな血栓が肺動脈の先の細い部分でつまる場合は、大きな血栓が肺動脈の根元の太い部分でつまる場合よりも、当然、症状が軽く、死亡率も低くなります。
肺塞栓症は、一般的に症状が急激に起こり、重症であるために、救急搬送→救急入院→集中治療といった経過が多いのですが、血栓が非常に小さいと、場合によっては生命にかかわる重大な病気だと気がつかず、すぐに医療機関を受診しない人もいます。このような患者さんは、「急に胸が苦しくなった」とか「最近、少し動いただけで息が苦しくなる」などの訴えで、外来に来られます。
こうした場合であっても怖いのは「再発」、つまり、別の静脈血栓が再度、肺の動脈につまることです。再発した時には急死する可能性も少なくありませんので、出来ればすぐに入院して、必要な治療を受けることが重要です。