奈良県医師会 岡村 隆仁
日本でがん患者が増え、2人に1人ががんになる現在、多くの方々が抗がん剤治療を受けています。一方、医学の進歩に伴い、抗がん剤の効果は以前と比べて飛躍的に高くなってきました。現代の医療において、抗がん剤治療はなくてはならない治療と言えます。それでも、誰もが抗がん剤治療を受けたくないと思っているのは、副作用が心配だからでしょう。特に、吐き気が苦しいと言われてきました。抗がん剤の吐き気から、食事摂取が不充分となり、体力の低下を来したために、治療を断念せざるを得ない場合もありました。
ところが、医学の進歩は、抗がん剤の有効性を高めただけではなく、副作用対策も発展させました。吐き気を抑える薬とガイドラインが整備され、抗がん剤治療に伴う吐き気は、かなりの割合でコントロール可能になったと言えます。実際には、嘔吐中枢(おうとちゅうすう)からの経路と消化管から分泌されるセロトニンを介した経路をそれぞれ抑える、非常に有効な薬が複数開発されたことと、吐き気の強弱で治療を分類して、それぞれの治療に合わせた薬の投与の組み合わせを確立したことが有効でした。その結果、急性と遅発性(ちはつせい)両方の吐き気がほとんどコントロールされました。これからは、抗がん剤治療で吐き気に悩まされることは少なくなるでしょう。さらに新しい抗がん剤が次々と開発され、抗がん剤治療がますます発展していくことは間違いありません。
しかし、抗がん剤治療に全く問題がなくなったわけではありません。次々に有効な新しい抗がん剤が開発されていますが、これらの薬剤はいずれも非常に高額です。国と個人の負担はますます大きくなっています。抗がん剤がよく効いていた患者が、医療費を払えないために治療を断念し、亡くなった方もいます。また一方で、新しい抗がん剤には、以前はなかったような重篤(じゅうとく)な副作用がみられることもあり、新しい副作用への対策も必要になってきました。医学の進歩の恩恵(おんけい)を受けるためには、様々な問題の対策を同時に行う必要があると考えられます。