奈良県医師会 岡村 隆仁
「傷跡の残らない手術」と言えば、まるで心霊手術のようですが、現代の医学は様々なことを可能にしてきました。「単孔式腹腔鏡下胆のう摘出術」とは、臍(へそ)を縦に切り開いて、そこからカメラや機器を挿入して、胆のうを切り取ってくる手術のことです。臍を切り開くと言いましても、わずか2㎝の傷で、すべて臍の中に収まるように工夫しますので、しばらくすると手術をしたこともわからなくなります。まさに「傷跡の残らない手術」と言えます。当然のことながら、簡単な手術ではありません。胆のうをつかむ自由に曲げられる器具や、血管などをはさむ細いクリップなどの開発によって、可能になった手術です。右手と左手を交差させるなど、今まで経験したことのない手技が必要です。
さて、そんなに苦労してこの手術にどんな価値があるかと疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。若い女性や子供さんが喜ぶのは当然として、いったい何のために、わざわざやりにくい手術を行うのか? それは美容的な問題だけでなく、手術後の癒着(ゆちゃく)という問題があるからです。おなかを開くと、空気に触れたところから、腸と腸や、腸と壁がひっついてしまいます。これを癒着と言いますが、これまで開腹手術では、この癒着による腸閉塞(ちょうへいそく)に悩まされてきました。腹腔鏡下手術の出現により、癒着が極端に軽度に抑えられるようになりましたが、単孔式の手術では、さらに癒着が軽度になる可能性があります。
その他、精神的な問題として、手術の傷跡による心理的な負担も軽減されるでしょう。ケロイドで悩むことはほとんどなくなると思われます。
単孔式腹腔鏡手術は、現在、炎症の少ない胆のう摘出術に主に用いられていますが、虫垂炎(ちゅうすいえん)手術や大腸がんの手術にも、次第に行われるようになってきました。近いうちに、傷跡が見えないのに、胆のうや虫垂のない人が増えてくる時代が来るものと予想されます。
医学は、私たちの想像を超える速度で進歩しています。私たち医療者は、一般の方が、医学の進歩の恩恵を受けられるように努力すべきでしょう。