奈良県医師会 山本 忠彦
これまで、常識と考えられていたことが見直される事は、世の中によくある話で、それは医学の世界でも例外ではありません。けがや火傷(やけど)をすると、消毒をしてガーゼをあて乾燥させることは、これまで傷の治療の常識として広く行われてきました。ところが近年、傷は消毒せずに、しめらせて治療する方法が注目されています。
その理由は、消毒薬は傷口を刺激し、かえって傷を悪化させると考えられるようになったからです。消毒液を塗ると傷が痛むのがその証拠の一つです。傷口では傷を治すため体から体液が分泌され、液の中でいろいろな細胞が働いています。消毒薬はそれらを殺してしまい、体が治そうとしているのを妨害しているのです。また、皮膚には他の菌が入ってこないよう我々の体を守ってくれる「常在菌」という良い菌がいますが、消毒液により「常在菌」が死んでしまい、悪い病原菌が侵入しやすくなるのです。悪い病原菌に対しても消毒薬は有効ですが、病原菌を完全になくすことは無理ですし、たとえ傷口に少しぐらいの病原菌がいても化膿することはまれです。汚れた傷は、水道水などできれいに洗うことが大切です。
傷は乾燥させず、かさぶたを作らないようにするときれいに治ります。傷にガーゼをあてると大切な液を吸い取ってしまいよくありません。傷にはハイドロコロイド材などの創傷被覆材をかぶせて乾かないようします。そして、傷の状態に合わせて適時、被覆材を取り替えて傷を洗うのです。この方法を「浸潤療法」といいます。被覆材は薬局薬店で手に入れることができ、いろいろな種類が販売されているので傷の状態によって使い分けましょう。
ただし、被覆材を長く張ったままにしておくと、傷から出る液でかぶれる事があるので注意が必要です。また、痛みや腫れがおさまらない傷、深い傷や出血が多い傷、動物に咬まれた傷などはご自身で判断せずに必ず医療機関を受診してください。
傷に対して完全に消毒薬が不要になるという訳ではありません。浸潤療法も完璧ではなく、見直されながら改良が続けられている治療法なのです。